2025年8月1日金曜日

9月号『忍者からみた世界』作者のことば

 忍者の未来                

                               三橋源一

 この絵本を手に取って頂いたことに、深く感謝します。この絵本に書かれた内容は、実際に伊賀の山村に住んで、農作業をして、研究して、忍術修行をして、住んでいる皆さんと交流する中で紡がれた、自然と人々と歴史との交流のお話です。

 本書の中で深く触れられなかった2つのことについて書いてみたいと思います。

 一つ目は「自然とかかわる生活から忍術に迫ってみる」ということ。例えば忍者にはすごいジャンプ力を持っていたり、壁や縄梯子などをするする登ったりする一般的なイメージがあります。それはすごい鍛錬や万川集海などの巻物から学んで実践した……とされています。もちろんそうした面もありますが、本書で足半わらじを示したように、伊賀甲賀の自然環境や米つくり・林業などが、この地域に適したはき物を生み出し、普段から強靭な足指や下半身を身につけることにつながったことにふれました。忍術書には、具体的な体の使い方を記した部分はほぼありませんし、現代の忍術修行も道場などの平面で危険が少ない室内で行う内容がほとんどです。しかし、体の使い方を書いたものが残っていなくても、伊賀の自然は忍者が活躍していたころとほぼ同じで、しんどかったとしても当時の農作業は現在でもまねることはできます。半日農業で半日忍術を稽古した生活スタイルをまねる中で、忍術を学んでいます。皆さんも体を使って、自然から学ぶ機会をぜひ作ってください。

 次に二つ目ですが「忍者を育んだ自然・生活のあり方も学ぶ」ということです。忍者は今も昔も大変人気ですが、華々しく格好いい部分ばかり研究やまねされがちです。伊賀・甲賀の忍者観光に関係する人達に注目が集まりがちですが、村の老人が私にぽつりと語りました。「この地域を代々守ってきたのは我々ではなかったのか」と。そうです。地域の皆さんがもっている山城や古文書などを使わせてもらって忍術を検証することで、皆さんが本当に知りたい忍者の実像にせまることができるのです。皆さんは忍者を愛しながらも、忍者を生み出した地域を守る人のことを大事に思ってください。また、忍者が忍術をつかって守りたかったものは、仲間と生活を支えてくれる里山でした。忍者の生活のあり方は「自存自衛」といわれます。普段から環境にやさしい持続可能な生活を行い、戦いや災害などの危険がせまるときは忍術をつかって村を守っていました。わたしがすんでいる地域も1200年以上続いています。

 これからの皆さんがいきる社会は、環境破壊から災害がたくさんおこる可能性があります。そんなとき、危険を乗り越えて環境も仲間もまもった忍者たちの生活のあり方を、今も研究している私のことを思い出してもらえると嬉しいです。忍術は「総合生存術」といわれます。いつの日か、災害や危機を雄々しく生き抜いた忍者たちの生活のあり方を一緒に学び、生活に活かす時がくれば、こんなに嬉しいことはありません。


三橋さんから忍者の剣術を習う飯野和好さん


■ 三橋源一 文(みつはし げんいち)

大阪府出身。京都大学大学院にて農林経済学修士、三重大学にて学術博士号取得。忍術を含む武神館道場十五段、大師範。甲賀伴党川上宗家より総合生存術の面から忍術を学び、「産土武芸道場」にて農泊・忍術体験を実施している。長年ビルメンテナンス業に関わり、現在防災コンサルタント「共衛」代表として、避難所衛生維持方法や、忍術を活用した防災教育を各種学校でしている。そのほか農業、狩猟などにもたずさわる。一般むけの著書は本作がはじめて。好きな忍者は「よき忍びは 音もなく 匂いもなく 知名もなく 勇名もなし」を体現している藤林長門守。