2024年12月25日水曜日

2月号『小さな小さな粒、素粒子のはなし』作者のことば

ふしぎな素粒子の世界  


藤本順平


 私は加速器を使って、素粒子という宇宙を作る小さな粒を研究してきました。身の回りにあるものは原子という小さな粒でできているということを聞いたことがあるでしょう。原子の存在は、古代ギリシャの時代から唱えられていましたが、本当に色々なものが原子でできていると世界中の科学者が納得したのは、今からおよそ120年前のことでした。その後、じつは原子も、もっともっと小さな粒でできていることがわかったのです。今では118種類の全ての原子は、電子・アップクォーク・ダウンクォークのたった3種類の粒の組み合わせでできていることがわかっています。面白いことに加速器を使うと、それら3種類とは異なる素粒子も、作って調べることができます。現在では、全部で17種類の素粒子が見つかっています。
 素粒子には「粒子」という文字が入っていますが、じつはただの粒ではありません。
 絵本の中で、原子の中では、プラスの電気を持つ原子核と、マイナスの電気を持つ電子が引っ張り合っているという説明がありました(本誌25ページ)。引っ張り合っていたら、最後に電子は原子核にくっついて止まってしまい、原子は潰れてしまうようにも思えますよね。でも、電子や原子核は、厳密に言うとただの粒ではないので、潰れてしまうことはないのです。電子も、原子核を作っている素粒子も、どこにいるかを調べると、ある場所にポツッといることがわかります。エネルギーを塊として運ぶので「粒」のようですが、どこにいるかを調べないと「波」のように広がっているという特徴があります。また、「粒」として見た時も、いついかなる時も止まることがないという変な性質を持っています。混乱してきますね。この変な性質のため、電子が原子核にくっついて、止まってしまうことはありません。ちょっとわかりにくいと思いますが、実際にそうなのです。
 そこで、物理学ではこの変な性質を持つ素粒子に、「粒子」とは別の言葉、「量子」という言葉も使って、このふしぎな性質を表現します。どういうことだろうと気になった人は、大きくなって「量子」のことを調べたり、量子力学とよばれる学問を学んでみてください。
 とても小さくて、変な性質をもつ素粒子を調べて何になるのだろうと思うかもしれません。でも宇宙を作っているのは素粒子ですから、素粒子がわかれば宇宙全体のことが一気にわかるのです。この本で、ふしぎな素粒子の世界へ関心をもってくれたら、とてもうれしいです。


■作者紹介


藤本順平(文)

1959年、名古屋生まれ。大学院で加速器を使って研究する高エネルギー物理学の研究を始めた。高エネルギー加速器研究機構(KEK)の前身の高エネルギー物理学研究所で行われた電子・陽電子衝突型加速器トリスタンを使ったトパーズ実験グループに所属。トリスタン実験の終了後は、標準理論や超対称性理論に基づいて素粒子反応の確率を精密に計算する「GRACE」コンピュータプログラムの開発に従事した。

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2024年12月5日木曜日

 1月号『あっちゃんのおせち日記』作者のことば

育てて、食べる、「ごちそう」。  


さげさかのりこ


「食べたもので、わたしたちの体はできている」ということに、気をとめたことはありますか? わたしは娘を妊娠・出産したとき、意識していなかったその当たり前のことに、ドキッとしました。赤ちゃんの体は、お母さんのお腹の中で、お母さんが口にした食べものだけで、作られていきます。お腹の中に赤ちゃんがいなくても、それはみんなも同じです。毎日食べているもので、みんなの体も作られています。 

毎日食べているものの中で、例えば野菜。その野菜が、どんなところで、どんなふうに育ったか、考えたり、想像したことはありますか? 

今回は、草間舎さんで、農家の仕事と暮らしを取材させてもらいました。草間舎さんが農業をやっているのは、東に南アルプス、西に中央アルプスの山々が連なる、伊那谷と呼ばれる場所です。伊那谷は大きく開けた、明るくて、とても広い谷です。

畑の野菜は、必要な時間をかけ、じわじわ成長を続けます。草間舎さんも手間を惜しまず農作業を続けます。野菜はそれに応えるように、元気に育ちます。気温や天候など、人間がどうにもできないことも多くあります。でも、その時々の、できる限りのことをします。伊那谷の広大な景色の中、畑の観察を続けると、時間や手間を惜しんで、何でも簡単に、人間の思い通りにできると考えるのは、おかしなことだな、とわかります。

畑や田んぼでは、いろいろなものを見たり、感じることもできました。土の匂い、ちょっと触れた時に匂う野菜の葉の匂い、通り過ぎる風、刻々と変わる雲の形、空や山の色、いろいろな種類の昆虫、初めて聞く鳥の鳴き声。そこは、いろんな命が生まれ、育ち、生きている、命の場所です。そこにいるわたしも同じく、ただ一つの命でした。

 そんな畑で採れた野菜を素材に、草間舎さんではいつも、おいしい食事を食べさせてもらいました。畑からそのまま食卓につながっているような、新鮮な野菜がたっぷりのお料理です。おしゃべりしながら食べる食事は「ごちそう」でした。体と心が喜んで、体の中から元気が出てくる感じがしました。

「あっちゃんのサツマイモ」で作った栗きんとんも「ごちそう」です。あっちゃんは、次はカボチャを育てるそうです。みんなも何か育てて、「ごちそう」を食べませんか?





■作者紹介


さげさかのりこ(文・絵)


1963年、静岡県生まれ。書籍の装画やさし絵、絵本の仕事を中心に活動している。著書に『美術館にもぐりこめ!』『セミとわたしはおないどし』『子どもばやしのお正月』(以上福音館書店)、『かえってきた竹間沢車人形』(三芳町)、「草の背中」(あすなろ書房刊)など。エッセイ集に『おじさんの畑は、今日もにぎやか』(PHPエディターズ・グループ)、「母と娘のエチュード」(WAVE出版)がある。


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2024年11月10日日曜日

12月号『日本にいたゾウ』作者のことば

あなたの町にもゾウがいた?  


大島英太郎


 わたしが住んでいる栃木県には、石灰岩の産地として知られる葛生という場所があります。その葛生に、葛生化石館という小さな博物館があります。 

 佐野ラーメンで有名な佐野の市街地から、北に向かってしばらく山あいの道を進むと、やがて図書館と隣接した葛生化石館の建物が見えてきます。さっそく化石館の館内に入ると、まずは日本ではここでしか見られないペルム紀の捕食者、イノストランケビアの全身骨格がわたしたちを出迎えてくれます。さらにフズリナ(古生代の海に生息した微小な生物)などの化石を見ながら奥の部屋に進むと、ナウマンゾウやニッポンサイ(メルクサイ)、ヤベオオツノジカなどの、葛生で発見された大型動物の化石がずらりと並んだ部屋があり、その迫力に圧倒されます。(ヤベオオツノジカは、今のニホンジカの2倍の高さがあった大型のシカです。) 

 なぜ葛生では、このような大昔の動物の化石がたくさん見つかるのでしょう……? 
 セメントの材料としても使われる葛生の石灰岩は、酸性の水に溶ける性質があるので、長い年月の間に雨水によって浸食され、山の中に大きなすき間(石灰洞)ができます。そのすき間の中にたまたま落ちて死んだ動物の骨は、周囲の石灰岩がアルカリ性なので、溶けてなくならずにきれいに保存されます。……つまり石灰岩は、貴重な化石を保存するタイムカプセルの役目もはたしていたのです。 

 化石館の中に展示されているナウマンゾウやオオツノジカの化石をまぢかで見ると、今からわずか数万年ほど前までは、わたしたちがすむ日本にも、こんな大型の動物が歩きまわる森や原野が広がっていたのだ……というのが実感できて、何だかワクワクします。(ちなみに、わたしのすむ小山市でもナウマンゾウの歯が見つかっています。) 

 日本全国ではナウマンゾウのほかにも、さまざまなゾウの化石が見つかっていますが、ゾウの化石と同じ地層から見つかる植物や貝などの化石を調べれば、ゾウが生きていた時代の環境が推測できます。……もしかしたら、今、あなたが住んでいるその場所も、はるか大昔には、巨大な牙をもつミエゾウが歩きまわるメタセコイアの森だったのかもしれません。……あるいは、あなたが北海道にすんでいるなら、そこはケナガマンモスやバイソンの群れが暮らす草原だったかもしれないのです。あなたの地元にある県立博物館などに行けば、その地域にいたゾウについて、何かわかるかもしれません。




■作者紹介


大島英太郎(文・絵)


栃木県生まれ。十代のころから野鳥に興味をもち、自宅に近い渡良瀬遊水地に通って鳥の観察を続けている。また子どもの頃、恐竜に関する質問状を国立科学博物館の研究者に送ったのがきっかけで、恐竜にも興味を持つようになる。おもな絵本に『恐竜のあたまの中をのぞいたら』、『羽毛恐竜』、『とりになったきょうりゅうのはなし』、『きょうりゅうの おおきさって どれくらい?』(すべて福音館書店)など。


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2024年10月24日木曜日

傑作集『世界の納豆をめぐる探検』作者のことば

未知の納豆ワンダーランド


高野秀行

 「謎」や「未知」を求め、アジア・アフリカ・南米などに残る辺境を歩き回って早30数年になる。自分の足と目を使って辺境にある未知の土地や民族、あるいは謎のものを探すのが生き甲斐であり、生業である。広い意味で「探検」とも言える。

 だが最近、この探検はどんどん難しくなってきた。インターネットと携帯電話の普及により、世界全体が高度情報社会時代に突入、探検すべき場所やものが激減しているのだ。たいていのものはネットで検索すると、詳しい情報や画像や動画まで出てきて、わざわざ現地へ行く必要もなく、それが何かわかってしまう。

 これでは私の生き甲斐がなくなってしまうじゃないか。いや、それ以前に失業してしまう!! と悲鳴をあげたくなったところで、ふいに出くわしたのが納豆だった。

 驚いたことに、納豆は「未知の大陸」だった。納豆はあまりにもありふれており、値段も安いので、日本を含め、どこの国でもあまり熱心に研究されていない。値段が安い=価値がないと思われているのだ。実際、これが酒だと国や企業から予算がつくので研究は桁違いに活発になる。だから納豆に関する論文や書籍も極端に少ない。日本の納豆とアジアやアフリカの納豆を比較する人もほとんどいなかった。それが同じ「納豆」であることすら、日本人に知られていなかったほどだ。

 また、アジアやアフリカの諸国では、納豆のような伝統食品はネット上の情報もひじょうに限られている。なぜかというと、ネットに情報をアップするような人は、都市部に住んでいるか若い人かのどちらかで、そういう人は納豆みたいな伝統食品の作り方など知らない。そして、納豆を自分で作っているような人は田舎に住んでいるか高齢者であり、ネットなんか使っていないのである。

 そして、とどめは味と香り。その食べ物が納豆であるかどうかは画像や動画を見てもいっこうにわからない。発酵していると言っても味噌やチーズの類いかもしれない。でも、自分でそこへ行き、匂いを嗅いで味見してみれば一発でわかる。納豆は世界中どこでも、匂いを嗅げば「あっ、納豆!」と納豆を知る人になら誰にでもわかる。食べればなおさらわかる。

 このような条件が重なり、納豆は高度情報社会の現代において、まさに手つかずのワンダーランドとなっていた。私は7年もの間、この未知なる世界を探検しまくったのだが、それは本当に幸せな時間だった。今回、スケラッコさんの素晴らしい絵とともに、その探検行を読者のみなさんと共有することができ、心から嬉しく思う。





作者紹介

高野秀行

1966年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学探検部在籍中に書いた『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)をきっかけに文筆活動を開始。モットーは「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、誰も書かない本を書く」。『謎の独立国家ソマリランド』(集英社文庫)で講談社ノンフィクション賞と梅棹忠夫・山と探検文学賞を、『イラク水滸伝』(文藝春秋)で植村直己冒険賞とBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。著書に『巨流アマゾンを遡れ』『ワセダ三畳青春記』(ともに集英社文庫)『謎のアジア納豆』(新潮文庫)『幻のアフリカ納豆を追え!』(新潮社)など多数。



◎ご購入方法など本の詳細はこちらをご覧ください◎

https://www.fukuinkan.co.jp/book/?id=7612

 

2024年10月3日木曜日

11月号『となりにすんでるクマのこと』作者のことば

作者のことば

クマのとなりでくらすこと                

菊谷詩子

 

 初めて野生のクマと出会ったのはアラスカでした。キャンプ場の近くを歩いていると、突然ヒグマの亜種のハイイログマが現れ、ズンズンこちらに近づいてきました。とっさに何もできずにただ突っ立っている私の目の前をクマは悠々と通り過ぎ、近くの木に背中をゴシゴシとこすりつけた後、去っていきました。その大きさと波打つ筋肉を見て、絶対に敵わないと思ったのを鮮明に覚えています。

 実は軽井沢に来る前、ヒグマより小型のツキノワグマはヒグマほど怖くないだろうと甘くみていました。ところが人身事故の数を見ると、日本ではツキノワグマの被害の方がヒグマより多いのです。クマの専門家の話によると、ツキノワグマは臆病で、人とばったり出会うと、身を守るために攻撃に転じやすいと聞きました。全然甘く見てはいけない相手でした。軽井沢は森の中に別荘が点在し、森と人里との境界を引くのがとても難しいところです。クマとのバッタリ遭遇がいつ起こってもおかしくありません。しかし、ここにはクマの専門家集団がいます。クマの追い払いに同行した際、犬の吠え声に何事かと別荘の持ち主が様子を見に出てきたことがありました。田中さんは、追い払っているクマは何という名前のどんなクマなのか、どのように追い払いをしているのかなど、時間をかけて丁寧に説明しました。クマと聞いて少し強張った表情だった別荘の方も、話を聞くにつれ表情がほぐれ、別れ際に「クマも山で寿命を全うできたらいいね」と言ってくれました。クマの専門家の存在は頼もしく、大きいと感じた瞬間でした。

 自然とうまく付き合うには、相手を知ることも重要です。町内の小学校では毎年5月から6月、クマチームによるクマ学習が開催されます。1年生はクマに出会った時どうするか教わります。学年が上がるにつれ、町内にはどんな野生動物が住んでいてどのように暮らしているか、調査のやり方や関わり方、町内での管理体制についてなど、野生動物と共存していくことを6年かけてしっかり学びます。目指すのは人と野生動物の緊張感のある住み分けです。意識的な餌付けはもちろん、無意識の餌付けに気をつけるのが大事です。問題を起こすクマを生み出さないように未然に防ぐことが、私たちだけでなく、クマを守ることにつながるのです。その取り組みに感銘を受け、全国の子どもたちにクマ学習を届けたいと思ったのが、この絵本を作るきっかけです。


作者紹介

■ 菊谷詩子 文・絵(きくたに うたこ)

幼少期をケニアとタンザニアで過ごしたことをきっかけに、動物学者を目指して東京大学の博士課程に進むも絵の道を目指して中退。カリフォルニア大学でサイエンスイラストレーションを学ぶ。科学雑誌、図鑑、教科書、博物館の展示などのイラストを制作している。2002年ボローニャ国際絵本原画展(ノンフィクション部門)入選。絵本では『いぬのさんぽ』(「かがくのとも」通巻492号)、『食べられて生きる草の話』(「たくさんのふしぎ」通巻367号)、『9つの森とシファカたち』(同415号、以上福音館書店)がある。


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