うんこ虫を食べる
舘野 鴻
私の絵本作家デビューは、死体で子育てをする虫が主役の『しでむし』という本でした。それ以来、地味だったりグロテスクだったり変わり者だったり、そんな虫ばかりを主役にしてきました。でもそれは全部「人から見て」という話。彼らにしてみれば、普段どおりの姿や暮らしをしているだけ。見た目だって、そういう格好じゃなければいけない理由があるから。私は、人から嫌われがちな虫たちが、そんなふうに健気に、懸命に生きている姿を描きたいのです。
草も虫もケモノも、産まれて死んでいくのはみんな同じ。嫌いだった虫も「何をしているんだろう」とか、「頑張ってるんだな」とか、そんなことをふと感じた瞬間に、ちょっと愛おしく見えてくるものです。虫だけでなく、身の回りにある全てのものでも、「知りたい」と思ってじっくり観察をしていると、観察対象は自分にとって特別なものになり、不思議と輝いて見えてきて、そこから自分がそれまで知らなかったあたらしい世界が見えてきます。これは本当のことです。
死体やうんこを食ったりするのは、私たちがおいしいご飯をいただくのと同じこと。逆に彼らからすれば、人の姿や行動は奇妙に見えるでしょうね。今回描いた「うんこ虫」、オオセンチコガネは、見た目は宝石のようにキラキラしています。ところが暮らしを追うとうんこまみれ。見た目はいいけど暮らしが不潔すぎる。というのは人の価値観で、彼らにしてみれば当たり前の暮らしをしているだけ。その暮らしを知りたいと思って何年も付き合ってみると、うんこが尊く見えてくるのです。これも本当のことです。
私もうんこをします。そして、実験上の必要性から「オレフン」でオオセンチコガネやセンチコガネを飼育することになりました。
普段は自分のうんこなんて、じっくり見ることはないし、匂いを嗅ぐこともない。そんなの常識。でも、その常識って正しいのか? 本来ならば、動物のうんこや死体はさまざまな生きものの大切な資源だということは、現代の暮らしではなかなか想像しにくいかもしれません。人はいつのまにか、自然界の資源のやり取りから切り離されるどころか、資源を一方的にしぼり取るだけの生きものになってしまいました。
資源の循環ということを考えたとき、私はふとアホなことを思いつきました。オオセンチコガネを食べる。食べれば、この虫は私の血肉になる。そして実行しました。食べたのは蛹。昆虫食の専門家に聞いたところ、幼虫や成虫はお腹の中に未消化のうんこがあって、それが人の体に害があるかもしれないとのことでした。どんな虫でも食べていいわけではないのです。
茹でて食べたその味は……とうもろこしのように甘く香ばしく、土臭く、そして生臭いものでした。でも食べられました。オレのフンを食った成虫の子をオレが食う。小さな資源循環がそこにありました。とはいえ、自分が丁寧に育てた蛹を食べるのはとても悲しく、つらかった。それが食べる、ということなのかもしれません。
舘野 鴻
1968年横浜市に生まれる。故・熊田千佳慕に師事。演劇、現代美術、音楽活動を経て生物調査員となり、国内の野生生物全般に触れる。その傍ら教科書、図鑑などの生物画や景観図、解剖図などを手がけ、写真家久保秀一の助言を得て2005年より絵本製作を始める。生物画の仕事は『生き物のくらし』(学研プラス)など。絵本に『しでむし』『つちはんみょう』『がろあむし』(以上、偕成社)、『なつの はやしの いいにおい』『はっぱのうえに』(ともに「ちいさなかがくのとも」/福音館書店)などがある。
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