「あ」に寄せて 井原 奈津子
今回、この本の表紙のために、「あ」の字をたくさん集めることになりました。
習字教室に来てくれている子どもたちにも声をかけ、ノートやメモ書きを貸してもらったのですが、その字を見てちょっとした驚きがありました。習字教室では「手本を見て書く」ので、普段その子がどんな字を書いているのか知らなかったのです。
「〇〇ちゃんは、いつもはこんな字を書くんだ。可愛いなぁ」「〇〇くんは、本当はこんな字を書く子だったんだなぁ」。その子の知らない一面を見て、なんだか嬉しくなってしまいました。
でも、習字で書く「整った字」「ていねいな字」が、つまらなくて嘘の字だ、と言っているわけではありません。
みなさんは「着物」を知っていますよね。大昔から日本人が着ていて、いまでも七五三や成人式、結婚式などで着られている、日本の伝統的な衣服です。着物は、着るのが難しいし動きづらいから、私はめったに着ません。でもたまに着ると、柄は綺麗で嬉しいし、背筋が伸びて気持ちがよく、「いいものだなぁ」と思います。
私は「習字」も、着物と似ているなと思っているのです。
千年以上も昔の人が「整っていて綺麗に見える形」を作り上げて、現在まで残してくれた。伝統的で、整ったうつくしさを持つ字を、自分の手で書く喜び。
それとは別の、それぞれが普段書く字は、気持ちや個性が表れやすいもの。その人の、命のうつくしさ。
どちらも大事で、素敵なものだと思うのです。どちらもうつくしい。
そんな思いをこめて、この本を書きました。
1973年、神奈川県生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業後、おもにエディトリアルデザインに関わる。2014年からは習字教室での指導・毛筆ロゴや筆耕の仕事に携わる。2017年『美しい日本のくせ字』(パイ インターナショナル)を出版。YouTubeチャンネル「井原奈津子の「美しい日本のくせ字」」(https://www.youtube.com/channel/UCFkcertfX4AA2hMUKzPU7iQ)。
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