2023年7月3日月曜日

8月号『犬といっしょにイカダ旅』作者のことば

犬とともに

佐藤秀明

 


 私がはじめて野田知佑さんに出会ったのは、もう50年以上前になります。その頃の野田さんはまだ20代の若者で、当時から彼は生き物を飼うのが好きでした。彼の家に行くと、外に使わなくなった風呂桶が置いてあり、その中で川で釣った魚を飼っていました。

 その後千葉県の亀山湖畔に住むようになると、彼は二羽のアヒルを飼い始めました。仕事で家を空けるときは、私がアヒルを預かったりもしました。電車に乗って私の家に来るとき、小さなアヒルの入ったカゴを足元に置いて座席に座ると、前の席に座った人たちが興味深そうに見つめるので、カゴからアヒルを出してあげたことがあったそうです。電車の中を走り回るアヒルに乗客は大喜びだったと、野田さんは嬉しそうに話していました。

 アヒルが大きくなった頃に飼ったのはビーグル犬でした。「ネコ」と名づけられたその犬は、野田さんのことが大好きでしたが、野田さんがカナダの川下りに出かけた後、預けた近所の家から家出したまま行方不明になってしまいました。心を痛めた野田さんは、それ以後、外国へ行くときでも犬を連れて行こうと決心します。

 つぎにやってきた犬は、小さな茶色の可愛らしい子犬、ガクでした。そのころ、週末ごとに釣ざおを持って遊びに来る岳という少年がいました。野田さんはその少年をとても気に入っていたので、子犬に少年と同じガクという名前をつけたのです。ガクが大きくなると、ユーコン川のカヌー旅に連れていきました(本誌1ページの写真)。私もその旅の後半だけ同行しました。私と合流するまでの一か月半の間、ガクは野田さんのことを独り占めにし、野田さんもガクが動物であるということを忘れて、まるで人間に接するような気持ちで旅をしたそうです。突然現れた私にガクはヤキモチを焼いたのか、カヌーを繋ぎとめておく舫綱が噛み切られたこともありました。

 元気の良いガクは野田さんを心配させることもよくあり、森の中でヤマアラシに噛みついて口のまわりを棘だらけにして帰ってきたり、森から一週間も帰ってこないこともありました。そんなガクも歳をとり、ガクの子どものタロウやテツに囲まれた賑やかな暮らしが続きますが、野田さんにはやり残したことがありました。それは、イカダでユーコン川を下ることだったのです。旅の友は友人に勧められて飼った、とても人の言うことを聞く牧羊犬ボーダーコリーのアレックスと甘えん坊のハナでした。

 この本では、そのときの旅のことを書きました。野田さんはこの旅のとき75歳でした。

 野田さんは昨年、亡くなりました。川の魅力や、川遊びの楽しさを、著書や自身が校長をつとめた学校(徳島県吉野川の「川の学校」)などを通してたくさんの人に伝え続けた生涯でした。今は天国から、全国の川好きの子どもたちを見守っていることでしょう。









佐藤秀明(さとう ひであき)

1943年新潟県生まれ。日本大学芸術学部卒業。フリー写真家。日本写真家協会会員。1967年ニューヨークへの旅を振り出しに世界や日本を旅し、雑誌やグラフ誌を中心に作品を発表。現在は日本各地の雨を取材中。主な写真集に、『ガクの冒険』(本の雑誌社)、『地球極限の町』(情報センター出版局)、『海まで100マイル』(片岡義男と共著 晶文社)、『ユーコン』(スイッチパブリッシング)など多数。たくさんのふしぎでは、『山里でくらす』(20215月号)がある。



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