自分の輪郭となった長い旅
石川 直樹
一年がかりで地球を北から南に縦断したこの旅は、今から思えば夢のような道行きであり、その後の自分の人生を左右する種のようなものをいくつもまいてくれた。
南極点に到着した後にチームは解散したけれど、ぼくは一人南極に居残り、南極大陸最高峰ビンソンマシフに登頂した。その後、日本へ帰る途中で南米大陸最高峰のアコンカグアにも立ち寄った。二つの山の頂に連続して立てたのは、標高の高い南極を歩き続けて高所順応がある程度できていたこと、POLE TO POLEの解散時に余った食料や道具をもらい受けたこと、そして、何よりも過酷な長旅を通じて経験値が最大限にあがっていたことも大きかった。
一年ぶりに日本に帰国したのも束の間、ぼくはその勢いでチベットに向かい、エベレストにも登頂した。こうして七大陸の最高峰すべてに登ることができたのだが、それはひとえにPOLE TO POLEプロジェクトによって蓄えられた多様な経験に導かれたと言っていい。
人生の節目のような旅を終えたぼくは、それから10年にわたって北極圏の小さな街を訪ね歩き、10年後には南極を再訪することにもなる。これらもまたPOLE TO POLEの旅が忘れられず、極地にもう一度身を置きたい、と願い続けたからだった。
大学を休学して臨んだ一年間の地球縦断の旅だったが、そこで学んだことは、学校で教わることの何十倍も広く、深く、濃密なものになった。英語やスペイン語を習得し、環境や経済や政治について学び、どんな練習よりも実践的なサバイバル・トレーニングのようなものを積み重ね、人間関係の面白さや難しさや複雑さを痛感し、自分自身とも真剣に向き合わざるをえなかった。すなわち、体全身を使って分厚い地球図鑑(そんなものがあるのかわからないけれど…)を読みこんで咀嚼しているような、そんな稀有な一年だった。
仲間たちのその後の様子はSNSなどを通じて、時おり伝わってくる。みんなそれぞれの道を歩みながらすでに20年以上の歳月が経った。しかし、この旅の記憶は薄れるどころか、今現在の自分の旅ともどこかで必ず結びつき、心の奥底を揺さぶってくる。それは仲間たちも同じではないだろうか。
旅の経験は目に見える形では残らないけれど、だからこそ自分の中でいつまでも燻り続け、自分の輪郭を作っていく源になる。そうはっきりと言い切れるような充実した旅に巡り合うことのできた22歳のぼくは、本当に幸運だった。
石川 直樹
写真家。1977年東京生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。辺境から都市まで世界を旅しながら、作品を発表している。『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により、日本写真協会新人賞、講談社出版文化賞。『CORONA』(青土社)により土門拳賞を受賞。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)など多数。たくさんのふしぎには『アラスカで一番高い山』(2020年4月号)がある。
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