2025年10月31日金曜日

12月号『イタリアの丘の町』作者のことば

 本当の時間

                          古山浩一

 年に一度、スケッチ旅行でイタリアなど古い街が残るところを訪ね歩いている。たいていローマの空港に夜着いて、そこからバスで移動するので到着は夜中になる。それでも山の中の真っ暗な道を走っていて、突然ライトアップされた中世の街が現れると、バス中から歓声が上がる。この瞬間から、街の時間にタイムスリップする。

 朝は8時半からスケッチが始まる。街角に座ってスケッチをしていると、30分ごとに教会の鐘が鳴る。まず何処かの教会の鐘がガランゴロンと鳴り始めると、それに和すように町中の鐘が鳴り始める。その壮大な音に身を浸していると、自分は今この街の時間を過ごしているのだと感じる。携帯にデジタルで出てくる時間では無くて、空気があり、温度があり、匂いも、音もある時間である。街が自分を包んでくれる。これが本当の時間なんだよなあと思う、実に落ち着く。

 日本が失ってしまった濃密な人との交流の時間が、イタリアの中世の街には残っている。とにかく皆さんおしゃべりである。知人であれば、ただ挨拶だけではすまない。必ず、お互いの近況から今日の話題まで楽しそうにしゃべっている。広場に毎夕、同じ椅子に同じ順番で4人並んで座っているお爺さんたちがいて、ガイドさんにあれは何を話してるんですか? と聞いたら、昔の恋愛談議が中心だそうだ、お若い。スケッチの帰りにいつも居るので、ボナセラと挨拶すると向こうも手を挙げて挨拶を返してくれる。朝、東から昇った日の光は西に沈むまで様々に街を照らして、建物を刻々とドラマチックに変えて見せてくれる。夜になると街は街灯の光だけになり、暗い中に浮かび上がる街並みはまさに中世そのものです。

 今回のイラストはすべて万年筆で描かれています。細かい描写をするために、一番細い万年筆は0.13mmの細さに職人さんに研ぎあげてもらっています。1ミリくらいから5ミリくらいまで段階的に太さが変わるペンなど、約30本のペンを使って描きました。びっしりと家並みが連なっている街など、1枚描くのに1か月くらいかかります。僕の街の絵を見て行ってみたいなあと思った人は、ぜひその夢をいつか叶えて、街の時間を味わってほしいです。






作者紹介

■ 古山 浩一(ふるやま こういち)

 1955年生まれ。1986,90年、上野の森美術館大賞展佳作賞。1991年日仏現代美術展大賞。1995年より毎年、銀座オーギャラリー個展。著書に、こどものとも『ありあり まあまあ』『かざみどりのフィットチーネ』(以上「こどものとも年中向き」)、『ねこぶたニョッキのおつかい』(「こどものとも」)、『天才ピカソのひみつ―美術たんけん隊』(以上全て福音館書店刊)などがある。「たくさんのふしぎ」は『その先どうなるの?』『7つ橋のぎもん』『雪がとけたら』に続いて4冊目。

■「たくさんのふしぎ」のご購入方法 
①全国の書店さんでお買い求めいただけます(お取り寄せとなる場合もあります)。 
②ヨドバシカメラ、amazon、楽天ブックスなどのウェブ書店さんでもご購入いただけます。
(amazondでは品切れになっていたり定価より高くなっていることがありますが、小社には在庫がありますので、近くの書店さんにご注文頂ければ幸いです)
 ③定期購読もお申込みいただけます。たくさんのふしぎ|定期購読 - 雑誌のFujisan

2025年10月7日火曜日

11月号『ニホンカモシカのパール』作者のことば

カモシカが教えてくれる

                          前川貴行

 動物写真家になって25年が過ぎました。長かったような、あっという間のような、ふしぎな感覚です。

これまで、本当にたくさんの動物たちの写真を撮ってきました。振り返ってみても、よくこれだけ数多くの動物たちに出会えたものだと思います。

そのなかでも下北半島にすむニホンカモシカは、僕にとって特別な存在です。カモシカのことを気に入っていることもありますが、他にも理由があります。

ニホンカモシカは長いあいだ、特別天然記念物として保護されてきたこともあり、個体によってはそれほど人のことを警戒しません。だから驚かせないようにすれば、かなり長い時間追いかけることができます。これまで最も長く追いかけたのは8時間程です。

アップダウンの激しい山の中を長時間追いかけるのは大変です。でもその大変さが、動物写真家としての僕を鍛えてくれるのです。

体力的なことにくわえて、いかにそばに居続けることをカモシカに許してもらえるか。下北半島でカモシカを追うことは、野生動物撮影の基本になるのです。

デスクワークが重なって長期間フィールドに出られなかったとき、鈍ってしまったかもしれない撮影の感覚を呼び覚ますため、僕は下北半島に行ってカモシカを追います。そうすると、急峻な山を歩く体力と、動物と向き合う感覚がよみがえってきて、まだまだがんばれると自信が湧いてくるのです。

この本の主人公である「パール」は今年10歳になりました。本文の最後に出てきた昨年生まれの子どもは「しろ」と名づけられました。

ユースホステルの磯山さんが報告してくれたのですが、今年の5月に「パール」がまた赤ちゃんを産みました。そのとき僕は北海道にいたのですが、函館からフェリーに乗って下北半島に渡り、「パール」に会いに行きました。

そうしたら、「パール」が赤ちゃんを連れて目の前に現れたのです。その赤ちゃんは磯山さんによって「あお」と名づけられました。性別はまだ分かりませんが、とても活発な赤ちゃんです。

別の場所では「しろ」も元気な姿を見せてくれました。厳しい冬を無事乗り越えたのですね。

今、牛の首には「パール」と1歳の「しろ」、それに赤ちゃんの「あお」がいます。「パール」の母親ぶりは、貫禄がついてとても堂々としたものでした。なにより「パール」が元気でいてくれたことが嬉しかったです。

僕は「パール」と見つめ合うと、なんとも言えない温かな気持ちに満たされるのです。



作者紹介

■ 前川 貴行(まえかわ たかゆき)

1969年東京都生まれ。動物写真家。エンジニアとしてコンピューター関連会社に勤務した後、26歳の頃から独学で写真を始める。1997年より動物写真家・田中光常氏の助手をつとめ、2000年よりフリーの動物写真家としての活動を開始。日本、北米、アフリカ、アジア、そして近年は中米、オセアニアにもそのフィールドを広げ、野生動物の生きる姿をテーマに撮影に取り組み、雑誌、写真集、写真展など、多くのメディアでその作品を発表している。

■「たくさんのふしぎ」のご購入方法 
①全国の書店さんでお買い求めいただけます(お取り寄せとなる場合もあります)。 
②ヨドバシカメラ、amazon、楽天ブックスなどのウェブ書店さんでもご購入いただけます。
(amazondでは品切れになっていたり定価より高くなっていることがありますが、小社には在庫がありますので、近くの書店さんにご注文頂ければ幸いです)
 ③定期購読もお申込みいただけます。たくさんのふしぎ|定期購読 - 雑誌のFujisan

2025年9月8日月曜日

10月号『風車と水車』作者のことば

 人間の知恵と工夫

                        深井聰男

 50年以上も前のことです。わたしはイギリスからインドまで、船や列車、バス、乗合自動車、ときどきは歩いて15,000キロを旅したことがあります。途中のイランからアフガニスタンへの旅のついでに、乗合トラックの運転手が見せてくれたのが褐色の丘。てっぺんで木製の塀のようなものが、強い風を受けてゆれていました。風車だといわれましたが、ヨーロッパで見た風車とは形がまったくちがう。近くで見たかったけれど、砂まじりの風に吹かれ、あきらめました。
 帰国後、あれが何だったのか調べました。少ない資料でしたが、10世紀頃から残る世界で最古の粉ひき風車とありました。長い間、修理を重ねながら、小麦やトウモロコシを粉にしてきたのでしょう。
 いつも強い風が吹いているなら、自分たちの役に立たせようと考え、つくりだしたのが彼らなりの水平型風車。水があるところで使われていた水平型水車を、風車に応用したのかもしれません。さらにこの風車から、ヨーロッパ人は歯車を利用した縦型風車を考え出したのでしょう。
 水車風車は粉ひきの道具と思い込んでいましたが、出会ってみて驚きました。水汲みからはじまり、ワインつくりや石材加工、製糸、鉱山、製材、造船、干拓とあらゆる力仕事に水車風車が活躍してきました。多くの人々が考え、試み、最良のやり方を見つけて、利用してきたのです。この本に紹介したのはうまくいった例ですが、期待通りにはいかずに日の目を見なかった使い方もあったことでしょう。
 2000年以上も人々の暮らしを支えてきた水車や風車が、産業革命で蒸気機関の発明により、役割を終えていきました。20世紀の終わりには、忘れ去られた動力源とまで言われていました。
 しかし、電気の発見が、水車や風車の位置を変えました。電気の利用が広がるにつれて、火力や水力による発電がはじまり、世界中に発電所がつくられました。ほかの発電方法も開発され、すでに朽ちたものとされていた風車が、地球環境を守る切り札のひとつに踊りでてきました。わずか数十年の間の大変化です。
 過去の人たちの努力が、こんな形でいまのわたしたちの暮らしを豊かにしてくれています。誰も予想しなかったことでしょう。水、風、電気は自然が生んだ仲間たちです。永遠に存在するエネルギー源です。大切に利用して、新しい地球つくりを目指しませんか。


 

作者紹介

■ 深井 聰男(ふかい あきお)

1944年、東京都生まれ。20代で北欧から中東、アジアを旅行し、ガイドブックを執筆。欧米の優れた制度や施設を日本に紹介している。著書に『アジアを歩く』(山と溪谷社)、『北欧』(実業之日本社)、『森はみんなの保育園』『まど・窓・まど』(ともにたくさんのふしぎ)など。


■「たくさんのふしぎ」のご購入方法 
①全国の書店さんでお買い求めいただけます(お取り寄せとなる場合もあります)。 
②ヨドバシカメラ、amazon、楽天ブックスなどのウェブ書店さんでもご購入いただけます。
(amazondでは品切れになっていたり定価より高くなっていることがありますが、小社には在庫がありますので、近くの書店さんにご注文頂ければ幸いです)
 ③定期購読もお申込みいただけます。たくさんのふしぎ|定期購読 - 雑誌のFujisan

2025年8月1日金曜日

9月号『忍者からみた世界』作者のことば

 忍者の未来                

                               三橋源一

 この絵本を手に取って頂いたことに、深く感謝します。この絵本に書かれた内容は、実際に伊賀の山村に住んで、農作業をして、研究して、忍術修行をして、住んでいる皆さんと交流する中で紡がれた、自然と人々と歴史との交流のお話です。

 本書の中で深く触れられなかった2つのことについて書いてみたいと思います。

 一つ目は「自然とかかわる生活から忍術に迫ってみる」ということ。例えば忍者にはすごいジャンプ力を持っていたり、壁や縄梯子などをするする登ったりする一般的なイメージがあります。それはすごい鍛錬や万川集海などの巻物から学んで実践した……とされています。もちろんそうした面もありますが、本書で足半わらじを示したように、伊賀甲賀の自然環境や米つくり・林業などが、この地域に適したはき物を生み出し、普段から強靭な足指や下半身を身につけることにつながったことにふれました。忍術書には、具体的な体の使い方を記した部分はほぼありませんし、現代の忍術修行も道場などの平面で危険が少ない室内で行う内容がほとんどです。しかし、体の使い方を書いたものが残っていなくても、伊賀の自然は忍者が活躍していたころとほぼ同じで、しんどかったとしても当時の農作業は現在でもまねることはできます。半日農業で半日忍術を稽古した生活スタイルをまねる中で、忍術を学んでいます。皆さんも体を使って、自然から学ぶ機会をぜひ作ってください。

 次に二つ目ですが「忍者を育んだ自然・生活のあり方も学ぶ」ということです。忍者は今も昔も大変人気ですが、華々しく格好いい部分ばかり研究やまねされがちです。伊賀・甲賀の忍者観光に関係する人達に注目が集まりがちですが、村の老人が私にぽつりと語りました。「この地域を代々守ってきたのは我々ではなかったのか」と。そうです。地域の皆さんがもっている山城や古文書などを使わせてもらって忍術を検証することで、皆さんが本当に知りたい忍者の実像にせまることができるのです。皆さんは忍者を愛しながらも、忍者を生み出した地域を守る人のことを大事に思ってください。また、忍者が忍術をつかって守りたかったものは、仲間と生活を支えてくれる里山でした。忍者の生活のあり方は「自存自衛」といわれます。普段から環境にやさしい持続可能な生活を行い、戦いや災害などの危険がせまるときは忍術をつかって村を守っていました。わたしがすんでいる地域も1200年以上続いています。

 これからの皆さんがいきる社会は、環境破壊から災害がたくさんおこる可能性があります。そんなとき、危険を乗り越えて環境も仲間もまもった忍者たちの生活のあり方を、今も研究している私のことを思い出してもらえると嬉しいです。忍術は「総合生存術」といわれます。いつの日か、災害や危機を雄々しく生き抜いた忍者たちの生活のあり方を一緒に学び、生活に活かす時がくれば、こんなに嬉しいことはありません。


三橋さんから忍者の剣術を習う飯野和好さん


■ 三橋源一 文(みつはし げんいち)

大阪府出身。京都大学大学院にて農林経済学修士、三重大学にて学術博士号取得。忍術を含む武神館道場十五段、大師範。甲賀伴党川上宗家より総合生存術の面から忍術を学び、「産土武芸道場」にて農泊・忍術体験を実施している。長年ビルメンテナンス業に関わり、現在防災コンサルタント「共衛」代表として、避難所衛生維持方法や、忍術を活用した防災教育を各種学校でしている。そのほか農業、狩猟などにもたずさわる。一般むけの著書は本作がはじめて。好きな忍者は「よき忍びは 音もなく 匂いもなく 知名もなく 勇名もなし」を体現している藤林長門守。


2025年7月10日木曜日

8月号『超深海への旅』作者のことば

日本は超深海の国

                        蒲生俊敬

日本は海に囲まれた国です。海のすぐ近くに住む人は、毎日潮の香りをかぎ、海風に吹かれているのかな。ふだん海から遠い内陸の人でも、テレビ番組などを通じて、頻繁に海の映像や話題に接することができるでしょう。
 『超深海への旅』に登場する二人の小学生も、タイヘイさんは神奈川県、ミウさんは長野県と、海に近かったり遠かったり。しかし二人とも海が大好きで、海のことなら何でも詳しく知りたいと思っています。
 話は飛びますが、海に接する国はみな、国際的な取り決めで「排他的経済水域(EEZ)」を持っています。海岸線のあたりから沖へ200海里(約370km)以内の海を優先的に管轄し、調査したり利用したりできるのです。日本のEEZ総面積は447万平方kmもあり、これは世界の国々の中で6番目の広さです。国土の面積(約38万平方km)が世界62位であることを思うと、日本がいかに海の国であるか納得できますね。
 そして日本は、とりわけ深海と縁が深いのです。はて、どういうことか? 陸は平面ですが、海には深さがあります。そこでEEZを面積でなく体積、つまりどのくらいの量の海水がそこにあるのかで比べてみると、日本は世界の第4位に上昇します。深いんですね、日本の海は。さらに話を6000mより深い「超深海」に限ってみると、日本のEEZ内にある超深海水の量は、なんと世界のトップです。これは日本海溝や伊豆小笠原海溝など、世界の代表的な海溝がEEZに含まれているからに他なりません。
 日本には、世界に誇る有人潜水調査船「しんかい6500」(定員3名、海洋研究開発機構が運航)がありますが、潜航できるのは深さ6500mまで。日本近海にある1万mクラスの海溝の底がどうなっているのか、どんな生物がいるのか、残念ながらまだほとんど分かっていないのです。日本ほど超深海の研究に向いた国はありません。これからは無人探査機の時代かもしれませんが、ロボットの目は人間の肉眼や心眼を超えられるでしょうか。「ハデス12000」のような有人潜水船が、今後ぜひ実現するよう期待したいですね。

 


作者紹介

■ 蒲生俊敬(がもう としたか)

1952年、長野県上田市生まれ。東京大学理学部化学科卒業。大学院で理学博士の学位を取得し、東京大学海洋研究所(のち大気海洋研究所)において、深層水の循環、海底温泉、海洋環境の変化などについて研究。研究船上で1740日間を過ごし、深海潜水船に15回乗船。現在、東京大学名誉教授。著書に『日本海のはなし』(たくさんのふしぎ2019年5月号)、『なぞとき深海1万メートル』(窪川かおると共著、講談社)など。


■「たくさんのふしぎ」のご購入方法 
①全国の書店さんでお買い求めいただけます(お取り寄せとなる場合もあります)。 
②ヨドバシカメラ、amazon、楽天ブックスなどのウェブ書店さんでもご購入いただけます。
(amazondでは品切れになっていたり定価より高くなっていることがありますが、小社には在庫がありますので、近くの書店さんにご注文頂ければ幸いです)
 ③定期購読もお申込みいただけます。たくさんのふしぎ|定期購読 - 雑誌のFujisan

2025年6月6日金曜日

7月号『パイナップルに見た夢』作者のことば

 農家のみなさんから学んだこと                

西野嘉憲

 

嵩田集落との出合いは、34年前の1991年のこと。当時、大学3年生だった私は昆虫の採集と撮影を目的に石垣島を訪れました。生まれてからずっと本州で暮らしていたため、はじめて見る亜熱帯の生き物にとても興奮したのを覚えています。

 このとき野山の案内を頼んだのが、嵩田集落で農業を営む方でした。その後、何年も石垣島に通うようになるのですが、私の関心は次第に昆虫からこの地で生きる人々へ移ります。農業者が持つ自然を見る能力に感銘を受けたのです。嵩田集落の農家のみなさんは、農業はもちろん、テナガエビ獲り、イノシシ猟、海での素潜り漁などの名人ぞろいでした。「島の自然を知るには、この人たちを知るのが近道だ」と考えたわけです。

 「自然」という言葉は、人間の生活圏の外の世界を指すときに使われることが多いと思います。でも、人間も生物である限り、本来、その境界はないはず。ただし現代の日本では、「自然」と人間界を行き来しているのは農業や漁業、林業などの限られた職業の人しかいないように思います。

 そんな嵩田集落の農家のひとりが、本書に登場していただいた島本哲男さんです。パイナップルとマンゴーだけでなく、「どんな作物を育てても上手な人」と島の農家の皆さんが口をそろえます。「島本さんは誰よりも長い時間、畑にいる」という評判もよく耳にしました。ご本人に名人たる秘訣を聞くと、「作物を育てるのが好きなだけ」と飄々とされています。でも、台湾から来て血のにじむ思いで嵩田集落を切り拓き、パイナップルに家族の未来を懸けた両親の熱い思いを受け継いでいらっしゃるのは間違いありません。

 農閑期になると島本さんは趣味の魚釣りに打ち込みます。生き物の観察に長けているだけに、こちらも名人の腕前。私はいつもお裾分けを楽しみにしています。「自然」と良好な関係を結ぶには、自分が暮らす土地を知識だけでなく身体で深く理解することが大切であると、島本さんや嵩田集落の皆さんから教えられたような気がしています。

 


作者紹介

■ 西野嘉憲 文・写真(にしの よしのり)

写真家。1969年大阪府生まれ。早稲田大学教育学部卒業。東京の広告制作会社勤務を経て、2005年より石垣島嵩田集落に住まいを移し、フリーランスとして活動。漁撈、狩猟、捕鯨など、人と野生の関わりを写真の主なテーマとする。著書に『海人』『鯨と生きる』(ともに平凡社)、『光るキノコと夜の森』(岩波書店)、『熊を撃つ』(閑人堂)など。嵩田集落の歴史をまとめた写真集『島に根を張る』を20256月に刊行。


■「たくさんのふしぎ」のご購入方法 
①全国の書店さんでお買い求めいただけます(お取り寄せとなる場合もあります)。 
②ヨドバシカメラ、amazon、楽天ブックスなどのウェブ書店さんでもご購入いただけます。
(amazondでは品切れになっていたり定価より高くなっていることがありますが、小社には在庫がありますので、近くの書店さんにご注文頂ければ幸いです)
 ③定期購読もお申込みいただけます。たくさんのふしぎ|定期購読 - 雑誌のFujisan

2025年5月2日金曜日

6月号『海は』作者のことば

 もう一つの世界へ                

吉野雄輔

海は、という題で何か海の本を作れないかと、編集者の方からこの題名をいただいたときに、最初に頭に浮かんだのは、昔の歌にある言葉でした。海は広いし大きい……そして海は青い。

 海は? と聞かれて、皆さんは何を思い浮かべますか? 人によっては、海はこわいというのもあるでしょう。僕は仕事で1年中、海に潜っていますが、当然海はこわいと思っています。

 次に思い浮かんだのが、海は美しい、海は楽しいで、この本の最後にしたいと思いました。50年近く、海へ通い、潜り、感動している僕の実感です。

 海は近いってことも言いたかったです。今回の本では、カリフォルニアのラッコの写真を使いました。少し遠いですね。でも日本でも、イルカやアシカのなかまをみることができる場所は、かなりあります。可愛い哺乳類でなくても、たくさんの生き物が、僕たちのすぐそばに暮らしています。

海岸に行けば、生き物にすぐに会うことができます。もし水中メガネをつけて、海面に浮かべば、本当にたくさんの生き物を簡単に見ることができます。だから僕は、水中メガネのことを、魔法のメガネと呼んでいます。

僕の個人的なテーマなのですが、水面という境界を越えると、そこは別世界だということを、皆さんに見せたい、知らせたいということがあります。

誰でも不思議の国のアリスになれるのです。水面を越えると、そこは別世界。

空気はなく、重力の力から逃れて浮かぶことができます。宇宙飛行士の訓練の一つに、水中での訓練がありますよね。宇宙と違って、そこは生き物で溢れているし、簡単に行くことができます。

 最後に、本にのせる文章(本文)が難しいな〜と考えていましたが、編集者の方と二人で相談し、僕の下手な文をのせるより、写真で見て感じてもらえば良いと考えました。僕は写真家なので、題に合うような自分の好きな写真を探すことに集中しました。

少しでも海の魅力が感じられるような本になっていると良いな、と思っています。少し大げさですが、この本を読んで、将来、地球上のもう一つの世界への旅人が増えると良いなと思っています。僕自身の海との最初の出会いが、本だったからです。



作者紹介

■ 吉野雄輔 文・写真(よしの ゆうすけ)

1954年、東京生まれ。大きな海から小さな生きものまで、スチール写真を専門に40年以上撮影。写真集、図鑑、写真絵本、雑誌、新聞、広告の世界で活躍。著書に『山渓ハンディ図鑑 改訂版 日本の海水魚』(山と渓谷社)、『世界で一番美しい海のいきもの図鑑』(創元社)、『海のなか のぞいた』(福音館書店) など。「たくさんのふしぎ」では、『海は大きな玉手箱』(101号)『ウミガメは広い海を行く』(174号)『この子 なんの子? 魚の子』(294号)『ヒトスジギンポ 笑う魚』(328号)『サメは、ぼくのあこがれ』(354号)『海のかたち ぼくの見たプランクトン』(391号)『イカは大食らい』(426号)がある。只今世界初?!『日本産幼魚図鑑』制作中。

2025年4月3日木曜日

5月号『広場に集まる』作者のことば

日本にも楽しい広場を                

小松義夫

私の住む東京の町を歩くと、人々はどこかに向かって、早い川の流れのように歩いているようです。能率的に生活するのが正しいと言わんばかりです。町の中で、ほんのひと時の安らぎや、すぎ行く時間を味わうため休む、ベンチや椅子もありません。座りたければ、お金を払ってお店で休まなければなりません。が、コーヒー店は満員のことが多く、座ってくつろぐことも難しいのです。東京にゆったりとした、みんなが集える広場が欲しいと思います。

東京で広場を探そうと、東京駅丸の内駅前広場に行ってみました。駅から皇居方面に広がる広場には、地面の全面から吹き出す噴水があり、工夫は凝らされていますが、どこかよそよそしいです。設計図に沿った広場のデザインで造られたものです。広場に集まる人々のことより、広場デザインの方が優先されただけの印象でした。

夏にいろいろな駅前広場で盆踊りが行われていますが、そのうちの一つ恵比寿駅に行ってみました。普段はバスやタクシー乗り場ですが、通行止めにしてしつらえた広場の真ん中に、櫓が出来ていてお囃子や太鼓に合わせて櫓の周りを参加する人たちが踊ります。夏の風物詩として楽しいものですが、企業やお店の宣伝が、櫓や近くのビルからこれでもかとぶら下がっていて、変な感じがしました。東京の広場は、人が集うための広場ではなくて、駅前とか交通の中心にある、通り過ぎる広場が多いなあ、と思いました。

この本で紹介しているモロッコ、マラケシュのフナ広場は約1000年の歴史があります。長い間使われてきたうちに、人々が作り出したここならではの独特の雰囲気が発生し2009年にユネスコに「文化空間」として無形文化遺産に指定されました。歴史的な建物でなくて空間(広場)、空気、雰囲気が世界的に評価されているのはおもしろいですね。広場の理想的な見本のようだと思います。日本にも、こんなに楽しい広場があるかな、と探しているところです。




作者紹介

■ 小松義夫 文・写真(こまつ よしお)

1945年生まれ。写真学校で学び中途でエジプトへ渡航。スイスで暗室仕事ののち、車で地中海一周を試み、車の故障により中途で断念。イタリアのローマから汽車でシベリア鉄道を経由で帰国。スタジオ勤務後に東ヨーロッパ、中近東取材をきっかけにフリーランスとなる。その後、世界中の家の姿、形を求めて世界各国に足を運ぶ。著書に『地球生活記』『地球人記』(福音館書店)、『セネガル 貝がら島のマドレーヌ』(偕成社)など多数。「たくさんのふしぎ」には、『世界あちこち ゆかいな家めぐり』『家をかざる』『家をまもる』などがある。

2025年3月4日火曜日

4月号『あなたの中のふしぎ DNA』作者のことば

 

生きものを支えるDNAのまほう                

中村桂子

 私がDNAに出会ったのは、大学三年生の時でした。その数年前に明らかにされたばかりの二重らせん構造を見た時にとても美しいと思うと同時に、自分の体の中でこれが遺伝子としてはたらいているのがふしぎでした。竹ひごと紙粘土で模型を作り、本当にこれが体の中にあるのかと見つめたことを思い出します。それから70年、DNAを通して、生きているとはどういうことかと考え続けてきました。

 生きものにとって一番大事なのは生き続けることです。一つの個体が続くのではなく子孫に命をつなげ、40億年間とぎれることなく続いてきたのです。これからも続いていくでしょう。

 DNAの研究が進み、二重らせん構造の中に、続くために必要な性質がみごとな形で入っていることがわかってきました。同じやり方で長い間生きることを支えてきたDNAは「まほうのらせん」、世の中にあるふしぎの中で一番のふしぎは体の中のDNAだと言ってもよいのではないかと思っています。

 17ページにあるのは40億年も前にできたDNAの暗号表です。本では説明できませんでしたので、是非調べて下さい。たんぱく質を作るアミノ酸をきめる塩基3つ(コドン)を整理するときれいな表になります。私たちが暗号、つまり情報の大切さに気付いたのは最近のことです。コンピュータが生まれ情報の時代となりました。40億年も前に暗号表ができたのはふしぎです。これが生きもののふしぎにつながっているのです。

 DNAは、続きながら少しずつ変わり、そこで生まれたさまざまな生きものは仲間として「共生」します。食べる、食べられるというちょっと辛い関係もありますが、これもみんなが生きるためです。無駄に殺したり、食べものを粗末にしたりはしません。

 今、80億人ほどいる人間にDNAがすべて同じという人は一人もいません。誰もが唯一無二なのです。同じで違う。これもDNAのまほうです。生きものである人間には機械のような規格はなく、一人一人が人間の代表と言ってよいのだということを、決して忘れないで下さい。

 今、ヒトゲノム、つまり私たちの細胞の核にあるDNAのすべてを解析する研究が進んでいます。病気や老化なども含めて、人間の一生について知ろうという研究です。他の生きもののゲノムも調べると、生きものの進化の様子、私たちと他の生きものとの関係も分かります。DNAのまほうはたくさんあり、ここで語ったことはほんの、ほんの一部です。

 DNAを知れば生きもののこと、人間のことがすべてわかるわけではありません。でもDNAのまほうは生きものの面白さ、すばらしさを教えてくれるので、DNAを知ると、生きものとして生きることが楽しくなることは確かです。 

 


作者紹介

■ 中村桂子 文(なかむら けいこ)

1936年東京都生まれ。JT生命誌研究館名誉館長。東京大学大学院生物化学科修了。理学博士。ゲノムを基本に生きものの歴史と関係を読み解く「生命誌」を提唱し、1993JT生命誌研究館を創設。200220年同館館長。『自己創出する生命』(筑摩書房)『科学者が人間であること』(岩波書店)『生命誌とは何か』(講談社)『科学はこのままでいいのかな』(筑摩書房)『人類はどこで間違えたのか-土とヒトの生命誌』(中央公論新社)ほか著書多数。

2025年2月4日火曜日

3月号『タサン志麻さんのにんじんパーティー』作者のことば

おいしくできても、そうでなくても! タサン志麻


*出会い*

 みなさんこんにちは。私の名前はタサン志麻です。タサンというのはフランスの苗字です。私は山口県で生まれ育ちました。小さい頃から料理が大好きで、高校を卒業し、調理師学校に入学しました。そこではたくさんの国の料理を学ぶのですが、私はフランス料理にとても惹かれました。当時は、フランス料理は洗練された華やかさがあるにも関わらず何を食べても美味しいと、夢中になりました。それからは、フランスや日本のフランス料理のレストランで働きながら、料理はもちろんのこと、文化や歴史、芸術など、フランスに関することなら何でも知りたいと思い、一生懸命勉強しました。フランス人の友達も、たくさん作りました。そして、いつしか私は、フランス料理といっても、レストランの洗練された料理ではなく、ママン(フランス語でお母さんのこと)が作る家庭料理こそが、私の好きなフランスの料理なのだと思うようになりました。ママンたちのつくる家庭料理に特別な材料はつかわれません。どこの家の台所にもある、ありふれた材料。手数も多くありません。でも、とってもおいしいのです! 大好きなフランスの家庭料理を日本でも広めたい。そんな想いを形にするために、レストランを辞め、家政婦という仕事を選びました。家政婦として、たくさんのご家庭に行き、そのご家庭の冷蔵庫に用意されたもので、3時間で1週間分の料理をつくってきました。その頃、タサン・ロマンという名前のフランス人と結婚し、タサンが私のあたらしい苗字になったというわけです。

*2つのお悩み*

 私たちには三人の子供がいますが、全員にんじんが大好きです。とくにわがやの子どもたちは、キャロットラペが好きでよく食べます。みなさんはにんじんが好きですか? 家政婦の仕事をしていると、野菜嫌いの子どもさんがどうしたら野菜を好きになってくれるかと、悩んでいるお父さん、お母さんがたくさんいます。にんじんは中でも、嫌われ者の代表選手です。みなさんの大好きなカレーにはにんじんは欠かせませんが、にんじんだけを使ったレシピは果たしてあるのでしょうか。この本を読み終わったみなさんは、すでに、たくさんのメニューも思い浮かべることができるかもしれませんが、にんじんだけでも、いろんな料理を作ることができるのです。 

 さまざまなご家庭のキッチンにたつなかで、もうひとつよく伺ったのが、「料理が苦手で、レシピ通りやっているのに……」というお悩みでした。プロが考えたレシピさえあれば、きっとおいしい一品ができるはずだと、一生懸命レシピに忠実に、と考えるあまり、レシピにしばられ、料理が楽しくなくなってしまうことがあるのです。でも、その料理がおいしいかどうか決めるのは、レストランとちがって、料理をしている人自身です。気がねはいりません。レシピは参考。レシピは誰かが作ったもので、もし自分の調理技術や口にあわなければ、砂糖を少しいれようか? 揚げるのは難しいけど、フライパンで焼いたらどうだろうか? どんどん、ためしてみてください。レシピがどう言っていようが構いません。それが自由にできるのは、家庭料理のすばらしいところです。

*これからの家庭料理*

 料理に大切なことはレシピではなく、“想像力と感性”です。自分は、こんなにんじん料理だったら食べてみたい、この料理ににんじんを使ってみたらどうだろう? と想像してみること。そしてなによりも、まず作ってみること。もしかしたらものすごくまずいかもしれません。でも、もしかしたらとびきり美味しいかもしれません。自分で考え、作ってみて、食べてみる。この積み重ねがとっても大切なのです。自分で考えて、料理を作れば、楽しくなって、おいしくなって、作る人も、食べる人も笑顔になってしまいます。

 料理は楽しむためのもの。おいしいかどうかは、じつはそんなに大切ではないと私は思っています。おいしくできても、そうでなくても、楽しめるのが家庭料理のいいところです。それが、たくさんのご家庭に伺うなかで、私が知ったことです。

 みなさんがいつか大人になったころ、すっかり疲れ果て、料理をする気もおきない日だって、きっとやってくるでしょう。そんなときは、スーパーやコンビニで、お惣菜やお弁当を買ったり、出前をとったらいいですよ。インスタントの乾麺や冷凍食品で、さっと食事をすませるのもいいですね。わがやでも、そんな日があります。そしてちょっと元気がでたら、キッチンにたって「なにを、どんなふうに、どんな味で食べる?」と思い出してもらえたなら、こんなにうれしいことはありません。

  みなさんにとって、料理が身近で楽しいものでありますように。

■作者紹介

タサン志麻

山口県・長門市で育つ。大阪あべの・辻調理師専門学校、同グループ・フランス校を卒業し、ミシュランの三つ星レストランでの研修を修了。その後、日本の有名フランス料理店等で15年働く。2015年にフリーランスの家政婦として独立。‘’予約が取れない伝説の家政婦‘’として注目を集め、冷蔵庫にある食材で家族構成や好みに応じた料理に腕をふるうほか、料理教室・セミナー講師や、食品メーカーのレシピ開発などでも活動。現在、フランス人の夫と3人の子ども、双子のネコ(トムトムとナナ)と犬一頭で暮らしている。

■「たくさんのふしぎ」のご購入方法 
①全国の書店さんでお買い求めいただけます(お取り寄せとなる場合もあります)。 
②ヨドバシカメラ、amazon、楽天ブックスなどのウェブ書店さんでもご購入いただけます。
(品切れになっていたり定価より高くなっていることがありますが、小社には在庫がありますので、近くの書店さんにご注文頂ければ幸いです)
 ③定期購読もお申込みいただけます。たくさんのふしぎ|定期購読 - 雑誌のFujisan

2024年12月25日水曜日

2月号『小さな小さな粒、素粒子のはなし』作者のことば

ふしぎな素粒子の世界  


藤本順平


 私は加速器を使って、素粒子という宇宙を作る小さな粒を研究してきました。身の回りにあるものは原子という小さな粒でできているということを聞いたことがあるでしょう。原子の存在は、古代ギリシャの時代から唱えられていましたが、本当に色々なものが原子でできていると世界中の科学者が納得したのは、今からおよそ120年前のことでした。その後、じつは原子も、もっともっと小さな粒でできていることがわかったのです。今では118種類の全ての原子は、電子・アップクォーク・ダウンクォークのたった3種類の粒の組み合わせでできていることがわかっています。面白いことに加速器を使うと、それら3種類とは異なる素粒子も、作って調べることができます。現在では、全部で17種類の素粒子が見つかっています。
 素粒子には「粒子」という文字が入っていますが、じつはただの粒ではありません。
 絵本の中で、原子の中では、プラスの電気を持つ原子核と、マイナスの電気を持つ電子が引っ張り合っているという説明がありました(本誌25ページ)。引っ張り合っていたら、最後に電子は原子核にくっついて止まってしまい、原子は潰れてしまうようにも思えますよね。でも、電子や原子核は、厳密に言うとただの粒ではないので、潰れてしまうことはないのです。電子も、原子核を作っている素粒子も、どこにいるかを調べると、ある場所にポツッといることがわかります。エネルギーを塊として運ぶので「粒」のようですが、どこにいるかを調べないと「波」のように広がっているという特徴があります。また、「粒」として見た時も、いついかなる時も止まることがないという変な性質を持っています。混乱してきますね。この変な性質のため、電子が原子核にくっついて、止まってしまうことはありません。ちょっとわかりにくいと思いますが、実際にそうなのです。
 そこで、物理学ではこの変な性質を持つ素粒子に、「粒子」とは別の言葉、「量子」という言葉も使って、このふしぎな性質を表現します。どういうことだろうと気になった人は、大きくなって「量子」のことを調べたり、量子力学とよばれる学問を学んでみてください。
 とても小さくて、変な性質をもつ素粒子を調べて何になるのだろうと思うかもしれません。でも宇宙を作っているのは素粒子ですから、素粒子がわかれば宇宙全体のことが一気にわかるのです。この本で、ふしぎな素粒子の世界へ関心をもってくれたら、とてもうれしいです。


■作者紹介


藤本順平(文)

1959年、名古屋生まれ。大学院で加速器を使って研究する高エネルギー物理学の研究を始めた。高エネルギー加速器研究機構(KEK)の前身の高エネルギー物理学研究所で行われた電子・陽電子衝突型加速器トリスタンを使ったトパーズ実験グループに所属。トリスタン実験の終了後は、標準理論や超対称性理論に基づいて素粒子反応の確率を精密に計算する「GRACE」コンピュータプログラムの開発に従事した。

■「たくさんのふしぎ」のご購入方法 
①全国の書店さんでお買い求めいただけます(お取り寄せとなる場合もあります)。 
②ヨドバシカメラ、amazon、楽天ブックスなどのウェブ書店さんでもご購入いただけます。
(品切れになっていたり定価より高くなっていることがありますが、小社には在庫がありますので、近くの書店さんにご注文頂ければ幸いです)
 ③定期購読もお申込みいただけます。たくさんのふしぎ|定期購読 - 雑誌のFujisan

2024年12月5日木曜日

 1月号『あっちゃんのおせち日記』作者のことば

育てて、食べる、「ごちそう」。  


さげさかのりこ


「食べたもので、わたしたちの体はできている」ということに、気をとめたことはありますか? わたしは娘を妊娠・出産したとき、意識していなかったその当たり前のことに、ドキッとしました。赤ちゃんの体は、お母さんのお腹の中で、お母さんが口にした食べものだけで、作られていきます。お腹の中に赤ちゃんがいなくても、それはみんなも同じです。毎日食べているもので、みんなの体も作られています。 

毎日食べているものの中で、例えば野菜。その野菜が、どんなところで、どんなふうに育ったか、考えたり、想像したことはありますか? 

今回は、草間舎さんで、農家の仕事と暮らしを取材させてもらいました。草間舎さんが農業をやっているのは、東に南アルプス、西に中央アルプスの山々が連なる、伊那谷と呼ばれる場所です。伊那谷は大きく開けた、明るくて、とても広い谷です。

畑の野菜は、必要な時間をかけ、じわじわ成長を続けます。草間舎さんも手間を惜しまず農作業を続けます。野菜はそれに応えるように、元気に育ちます。気温や天候など、人間がどうにもできないことも多くあります。でも、その時々の、できる限りのことをします。伊那谷の広大な景色の中、畑の観察を続けると、時間や手間を惜しんで、何でも簡単に、人間の思い通りにできると考えるのは、おかしなことだな、とわかります。

畑や田んぼでは、いろいろなものを見たり、感じることもできました。土の匂い、ちょっと触れた時に匂う野菜の葉の匂い、通り過ぎる風、刻々と変わる雲の形、空や山の色、いろいろな種類の昆虫、初めて聞く鳥の鳴き声。そこは、いろんな命が生まれ、育ち、生きている、命の場所です。そこにいるわたしも同じく、ただ一つの命でした。

 そんな畑で採れた野菜を素材に、草間舎さんではいつも、おいしい食事を食べさせてもらいました。畑からそのまま食卓につながっているような、新鮮な野菜がたっぷりのお料理です。おしゃべりしながら食べる食事は「ごちそう」でした。体と心が喜んで、体の中から元気が出てくる感じがしました。

「あっちゃんのサツマイモ」で作った栗きんとんも「ごちそう」です。あっちゃんは、次はカボチャを育てるそうです。みんなも何か育てて、「ごちそう」を食べませんか?





■作者紹介


さげさかのりこ(文・絵)


1963年、静岡県生まれ。書籍の装画やさし絵、絵本の仕事を中心に活動している。著書に『美術館にもぐりこめ!』『セミとわたしはおないどし』『子どもばやしのお正月』(以上福音館書店)、『かえってきた竹間沢車人形』(三芳町)、「草の背中」(あすなろ書房刊)など。エッセイ集に『おじさんの畑は、今日もにぎやか』(PHPエディターズ・グループ)、「母と娘のエチュード」(WAVE出版)がある。


■「たくさんのふしぎ」のご購入方法 
①全国の書店さんでお買い求めいただけます(お取り寄せとなる場合もあります)。 
②ヨドバシカメラ、amazon、楽天ブックスなどのウェブ書店さんでもご購入いただけます。
(品切れになっていたり定価より高くなっていることがありますが、小社には在庫がありますので、近くの書店さんにご注文頂ければ幸いです)
 ③定期購読もお申込みいただけます。たくさんのふしぎ|定期購読 - 雑誌のFujisan

2024年11月10日日曜日

12月号『日本にいたゾウ』作者のことば

あなたの町にもゾウがいた?  


大島英太郎


 わたしが住んでいる栃木県には、石灰岩の産地として知られる葛生という場所があります。その葛生に、葛生化石館という小さな博物館があります。 

 佐野ラーメンで有名な佐野の市街地から、北に向かってしばらく山あいの道を進むと、やがて図書館と隣接した葛生化石館の建物が見えてきます。さっそく化石館の館内に入ると、まずは日本ではここでしか見られないペルム紀の捕食者、イノストランケビアの全身骨格がわたしたちを出迎えてくれます。さらにフズリナ(古生代の海に生息した微小な生物)などの化石を見ながら奥の部屋に進むと、ナウマンゾウやニッポンサイ(メルクサイ)、ヤベオオツノジカなどの、葛生で発見された大型動物の化石がずらりと並んだ部屋があり、その迫力に圧倒されます。(ヤベオオツノジカは、今のニホンジカの2倍の高さがあった大型のシカです。) 

 なぜ葛生では、このような大昔の動物の化石がたくさん見つかるのでしょう……? 
 セメントの材料としても使われる葛生の石灰岩は、酸性の水に溶ける性質があるので、長い年月の間に雨水によって浸食され、山の中に大きなすき間(石灰洞)ができます。そのすき間の中にたまたま落ちて死んだ動物の骨は、周囲の石灰岩がアルカリ性なので、溶けてなくならずにきれいに保存されます。……つまり石灰岩は、貴重な化石を保存するタイムカプセルの役目もはたしていたのです。 

 化石館の中に展示されているナウマンゾウやオオツノジカの化石をまぢかで見ると、今からわずか数万年ほど前までは、わたしたちがすむ日本にも、こんな大型の動物が歩きまわる森や原野が広がっていたのだ……というのが実感できて、何だかワクワクします。(ちなみに、わたしのすむ小山市でもナウマンゾウの歯が見つかっています。) 

 日本全国ではナウマンゾウのほかにも、さまざまなゾウの化石が見つかっていますが、ゾウの化石と同じ地層から見つかる植物や貝などの化石を調べれば、ゾウが生きていた時代の環境が推測できます。……もしかしたら、今、あなたが住んでいるその場所も、はるか大昔には、巨大な牙をもつミエゾウが歩きまわるメタセコイアの森だったのかもしれません。……あるいは、あなたが北海道にすんでいるなら、そこはケナガマンモスやバイソンの群れが暮らす草原だったかもしれないのです。あなたの地元にある県立博物館などに行けば、その地域にいたゾウについて、何かわかるかもしれません。




■作者紹介


大島英太郎(文・絵)


栃木県生まれ。十代のころから野鳥に興味をもち、自宅に近い渡良瀬遊水地に通って鳥の観察を続けている。また子どもの頃、恐竜に関する質問状を国立科学博物館の研究者に送ったのがきっかけで、恐竜にも興味を持つようになる。おもな絵本に『恐竜のあたまの中をのぞいたら』、『羽毛恐竜』、『とりになったきょうりゅうのはなし』、『きょうりゅうの おおきさって どれくらい?』(すべて福音館書店)など。


■「たくさんのふしぎ」のご購入方法 
①全国の書店さんでお買い求めいただけます(お取り寄せとなる場合もあります)。 
②ヨドバシカメラ、amazon、楽天ブックスなどのウェブ書店さんでもご購入いただけます。
(品切れになっていたり定価より高くなっていることがありますが、小社には在庫がありますので、近くの書店さんにご注文頂ければ幸いです)
 ③定期購読もお申込みいただけます。たくさんのふしぎ|定期購読 - 雑誌のFujisan

2024年10月24日木曜日

傑作集『世界の納豆をめぐる探検』作者のことば

未知の納豆ワンダーランド


高野秀行

 「謎」や「未知」を求め、アジア・アフリカ・南米などに残る辺境を歩き回って早30数年になる。自分の足と目を使って辺境にある未知の土地や民族、あるいは謎のものを探すのが生き甲斐であり、生業である。広い意味で「探検」とも言える。

 だが最近、この探検はどんどん難しくなってきた。インターネットと携帯電話の普及により、世界全体が高度情報社会時代に突入、探検すべき場所やものが激減しているのだ。たいていのものはネットで検索すると、詳しい情報や画像や動画まで出てきて、わざわざ現地へ行く必要もなく、それが何かわかってしまう。

 これでは私の生き甲斐がなくなってしまうじゃないか。いや、それ以前に失業してしまう!! と悲鳴をあげたくなったところで、ふいに出くわしたのが納豆だった。

 驚いたことに、納豆は「未知の大陸」だった。納豆はあまりにもありふれており、値段も安いので、日本を含め、どこの国でもあまり熱心に研究されていない。値段が安い=価値がないと思われているのだ。実際、これが酒だと国や企業から予算がつくので研究は桁違いに活発になる。だから納豆に関する論文や書籍も極端に少ない。日本の納豆とアジアやアフリカの納豆を比較する人もほとんどいなかった。それが同じ「納豆」であることすら、日本人に知られていなかったほどだ。

 また、アジアやアフリカの諸国では、納豆のような伝統食品はネット上の情報もひじょうに限られている。なぜかというと、ネットに情報をアップするような人は、都市部に住んでいるか若い人かのどちらかで、そういう人は納豆みたいな伝統食品の作り方など知らない。そして、納豆を自分で作っているような人は田舎に住んでいるか高齢者であり、ネットなんか使っていないのである。

 そして、とどめは味と香り。その食べ物が納豆であるかどうかは画像や動画を見てもいっこうにわからない。発酵していると言っても味噌やチーズの類いかもしれない。でも、自分でそこへ行き、匂いを嗅いで味見してみれば一発でわかる。納豆は世界中どこでも、匂いを嗅げば「あっ、納豆!」と納豆を知る人になら誰にでもわかる。食べればなおさらわかる。

 このような条件が重なり、納豆は高度情報社会の現代において、まさに手つかずのワンダーランドとなっていた。私は7年もの間、この未知なる世界を探検しまくったのだが、それは本当に幸せな時間だった。今回、スケラッコさんの素晴らしい絵とともに、その探検行を読者のみなさんと共有することができ、心から嬉しく思う。





作者紹介

高野秀行

1966年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学探検部在籍中に書いた『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)をきっかけに文筆活動を開始。モットーは「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、誰も書かない本を書く」。『謎の独立国家ソマリランド』(集英社文庫)で講談社ノンフィクション賞と梅棹忠夫・山と探検文学賞を、『イラク水滸伝』(文藝春秋)で植村直己冒険賞とBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。著書に『巨流アマゾンを遡れ』『ワセダ三畳青春記』(ともに集英社文庫)『謎のアジア納豆』(新潮文庫)『幻のアフリカ納豆を追え!』(新潮社)など多数。



◎ご購入方法など本の詳細はこちらをご覧ください◎

https://www.fukuinkan.co.jp/book/?id=7612

 

2024年10月3日木曜日

11月号『となりにすんでるクマのこと』作者のことば

作者のことば

クマのとなりでくらすこと                

菊谷詩子

 

 初めて野生のクマと出会ったのはアラスカでした。キャンプ場の近くを歩いていると、突然ヒグマの亜種のハイイログマが現れ、ズンズンこちらに近づいてきました。とっさに何もできずにただ突っ立っている私の目の前をクマは悠々と通り過ぎ、近くの木に背中をゴシゴシとこすりつけた後、去っていきました。その大きさと波打つ筋肉を見て、絶対に敵わないと思ったのを鮮明に覚えています。

 実は軽井沢に来る前、ヒグマより小型のツキノワグマはヒグマほど怖くないだろうと甘くみていました。ところが人身事故の数を見ると、日本ではツキノワグマの被害の方がヒグマより多いのです。クマの専門家の話によると、ツキノワグマは臆病で、人とばったり出会うと、身を守るために攻撃に転じやすいと聞きました。全然甘く見てはいけない相手でした。軽井沢は森の中に別荘が点在し、森と人里との境界を引くのがとても難しいところです。クマとのバッタリ遭遇がいつ起こってもおかしくありません。しかし、ここにはクマの専門家集団がいます。クマの追い払いに同行した際、犬の吠え声に何事かと別荘の持ち主が様子を見に出てきたことがありました。田中さんは、追い払っているクマは何という名前のどんなクマなのか、どのように追い払いをしているのかなど、時間をかけて丁寧に説明しました。クマと聞いて少し強張った表情だった別荘の方も、話を聞くにつれ表情がほぐれ、別れ際に「クマも山で寿命を全うできたらいいね」と言ってくれました。クマの専門家の存在は頼もしく、大きいと感じた瞬間でした。

 自然とうまく付き合うには、相手を知ることも重要です。町内の小学校では毎年5月から6月、クマチームによるクマ学習が開催されます。1年生はクマに出会った時どうするか教わります。学年が上がるにつれ、町内にはどんな野生動物が住んでいてどのように暮らしているか、調査のやり方や関わり方、町内での管理体制についてなど、野生動物と共存していくことを6年かけてしっかり学びます。目指すのは人と野生動物の緊張感のある住み分けです。意識的な餌付けはもちろん、無意識の餌付けに気をつけるのが大事です。問題を起こすクマを生み出さないように未然に防ぐことが、私たちだけでなく、クマを守ることにつながるのです。その取り組みに感銘を受け、全国の子どもたちにクマ学習を届けたいと思ったのが、この絵本を作るきっかけです。


作者紹介

■ 菊谷詩子 文・絵(きくたに うたこ)

幼少期をケニアとタンザニアで過ごしたことをきっかけに、動物学者を目指して東京大学の博士課程に進むも絵の道を目指して中退。カリフォルニア大学でサイエンスイラストレーションを学ぶ。科学雑誌、図鑑、教科書、博物館の展示などのイラストを制作している。2002年ボローニャ国際絵本原画展(ノンフィクション部門)入選。絵本では『いぬのさんぽ』(「かがくのとも」通巻492号)、『食べられて生きる草の話』(「たくさんのふしぎ」通巻367号)、『9つの森とシファカたち』(同415号、以上福音館書店)がある。


■「たくさんのふしぎ」のご購入方法は? 
①全国の書店さんでお買い求めいただけます(お取り寄せとなる場合もあります)。 
②ヨドバシカメラ、amazon、楽天ブックスなどのウェブ書店さんでもご購入いただけます。
(品切れになっていたり定価より高くなっていることがありますが、小社には在庫がありますので、近くの書店さんにご注文頂ければ幸いです)

 ③定期購読についてはこちらをご覧ください。たくさんのふしぎ|定期購読 - 雑誌のFujisan

 


2024年9月3日火曜日

10月号『アシカとアザラシ』作者のことば

アシカ、アザラシがたどった道                

水口博也 

ぼくは、クジラやイルカのなかまとともに、同じように生活の舞台を海に移した哺乳類であるアシカやアザラシのなかまを、世界の海で長く観察してきました。

一生を海のなかでくらし、海上に姿をみせるのは呼吸をするために浮上するときだけであるクジラやイルカとちがって、アシカやアザラシのなかまは、少なくとも子どもを産み育てる季節は、陸上や北極海、南極海の氷のうえですごします。その季節には、かれらのくらしを妨げることがないように、ある程度の距離をとって双眼鏡や望遠レンズをつかえば、しっかりとそのくらしを観察することができます。そうした観察から生まれたのがこの本です。

         *

アシカやアザラシのなかまは、ともに海中でのくらしに適応して脚をひれに形を変えたため、「鰭脚類」と呼ばれます。こうしたひとつのグループに属する多くの種を観察するおもしろさは、そのグループの動物たちが共通してどんな体のつくりやくらしを進化させてきたかを知ることができる一方、種のあいだにちがいがあるとすれば、それぞれがすむ海の環境やかれらがたどってきた道のちがいによるものであることをあわせ見ることができることです。

北極海や南極海をおおう海氷上にすむアザラシたちは、防寒のために体にたっぷりと脂肪をたくわえています。いくぶん緯度が低い海でくらすアシカのなかまは、それほどではありません。

そのためもあるのでしょう。多くのアザラシの母親はいったん子を産むと、多くは子別れをするまで自分は餌をとることなく、体にためた栄養分を糧におっぱいを与えつづけ、短期間で子どもをひとりだちさせます。一方、アシカのなかまの母親は、子育て中にも自分も餌をとりに海に出かける必要があり、その分だけ子どものひとりだちは、アザラシにくらべて長びくことになります(本書でも、その両者のちがいを読みとっていただけると思います)。

動物たちの姿かたちやくらしかたは、長い進化の流れのなかで育まれてきたものです。さまざまな動物を観察する楽しみは、かれらがいま見せてくれるくらしぶりを目にしながら、その背景にある悠久のときの流れに思いをはせることができることにあるのかもしれません。



■ 水口博也(みなくちひろや)

1953年、大阪生まれ。大学で海洋生物学を学んだあと、出版社に勤務して自然科学の本を編集。1984年から写真家として独立、世界の海で撮影や取材を行い、多くの著書や写真集を発表。クジラやイルカなど海にすむ哺乳類についての著作が多いが、近年は地球環境の変化を追い、北極、南極から熱帯雨林まで広く地球上の自然や動物について取材を行う。「たくさんのふしぎ」には『コククジラの旅』『南極の生きものたち』『クジラの家族』『シャチのくらし』がある。

 

■「たくさんのふしぎ」のご購入方法は? 
①全国の書店さんでお買い求めいただけます(お取り寄せとなる場合もあります)。 
②ヨドバシカメラ、amazon、楽天ブックスなどのウェブ書店さんでもご購入いただけます。
(品切れになっていたり定価より高くなっていることがありますが、小社には在庫がありますので、近くの書店さんにご注文頂ければ幸いです)
 ③定期購読についてはこちらをご覧ください。たくさんのふしぎ|定期購読 - 雑誌のFujisan