2022年10月6日木曜日

11月号『なぜ君たちはグルグル回るのか』作者のことば

 

世界中どこへでも                


佐藤克文

 

野生動物の研究に必要不可欠な要素は何でしょうか。バイオロギングというハイテクを用いた研究手法が考案され、様々な動物の暮らしぶりが明らかになってきました。しかし、どんなに科学技術が進んでも、僻地に出かけ、対象とする動物と数年がかりで対峙する人がいなければ何の発見もありません。情熱を胸に野外調査に勤しむ若者こそが、全てに優る研究の必須要件です。


「どんな人が研究者に向いているのでしょうか?」というのは、私がしばしば受ける質問です。その答えは未だによくわかりません。私が今所属している東京大学には、勉強が良くできる学生が毎年たくさん進学してきます。しかし、学校の成績が良いからといって、必ずしも研究者に向いているわけではないようです。もちろん、成績優秀であることは妨げにはなりません。しかし、プラスαが必要なのです。逆に、子どもの頃から動物が好きという熱意だけで研究者になれるというわけでもなさそうです。これまで何十人もの大学院生と出会ってきました。結果的に彼らが研究者になる場合、その過程には、ある種の共通したパターンがあるように感じています。


 絵本の中では教授が新入生をいきなり外国のフィールドに送り込んだように書きましたが、実際にはそんなことはしません。私の研究室では、まず日本国内の調査地で修業を積んでもらい、数年かけてじっくりと人物を見極めます。「この人なら大丈夫」という確信が得られたら、世界中の調査地に送り込みます。過去には、南極アメリカ基地におけるエンペラーペンギン調査、亜南極フランス基地におけるワタリアホウドリ調査、アイスランドのザトウクジラ調査、西パプアのヒメウミガメ調査など、極域から熱帯に若者たちが出かけていきました。現地では何が起こるか予想もつきません。毎食バナナも全く想定していなかった出来事でしたが、どんな状況でもご機嫌に調査を完遂できる人が求められています。野外調査では失敗が続きます。それを「運が悪かった」で片付けることなく、「何か改良する余地は無いか」とあれこれ工夫をこらして数年間努力すると、ようやくデータが取れ始めます。その後もデータを解析し、英語で書いた論文として発表するまで苦難の日々は続きます。しかし、その過程で経験する苦労を上回る知的興奮を感じられる人、そんな人が研究者になるみたいです。


 本の中で紹介した大学院生とのやり取りは、実際には5人ぐらいの学生との間で交わされたものを凝縮していますが、全て実話です。絵を描いてくれた木下さんは、私の研究室に所属していました。大学院生として入ってきた当初、「絶対に鯨の研究がしたい」と言ってた彼女に、「まずはウミガメで修業だね」といって岩手県の大槌町に送り込んだのは私です。最初の調査シーズンを終えた頃にはすっかりウミガメ屋になっていました。ウミガメ研究で博士号を取った彼女には、今度は海鳥の研究を勧めているところです。研究するイラストレーター、あるいは、自ら描くイラストでアウトリーチまでできてしまう研究者という唯一無二の存在になってくれることを願っています。




装置をつけたウミガメの帰りを待つトモコ


地面に這いつくばって

オオミズナギドリの巣穴に手を突っ込むユースケ



■ 佐藤克文 文(さとう かつふみ)

1967年、宮城県生まれ。東京大学大気海洋研究所教授。農学博士(1995年京都大学)。ナショナルジオグラフィック協会のエマージングエクスプローラー受賞(2009年)。著書に『ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ』(光文社新書)、『巨大翼竜は飛べたのか』(平凡社新書)などがある。絵本に『動物たちが教えてくれる 海の中のくらし』(福音館書店)があり、2020年より小学校国語五(東京書籍)にも掲載されている。絵本の中の教授のように、研究室の大学院生たちを、世界中のフィールドに送り込みたいといつも考えています。


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2022年9月5日月曜日

 

2022年9月5日月曜日

10月号『ヒキガエルとくらす クロちゃんとすごした18年』

作者のことば

幼かった日々の思い出 

山内祥子


「祥子や、これ見てごらん」。

祖父が指し示し、わたしの目に入ったもの。そこには長さ1メートルほど、まわりは3、4センチくらいの木の枝が、たくさん積まれていたのです。

家の裏口を出てすぐそばに竹やぶがあり、その竹やぶに囲まれて井戸がありました。木の枝が積まれていたのは、井戸へ水をくみにいく途中のところでした。わたしはいつも目にしていて、とくに変わったことは感じなかったのですが……。

「これはな、おじいちゃんの山の帰りの杖なんだよ」

「え?」

わたしはその数の多さにびっくり、言葉もなく見つめていたおぼえがあります。

おじいちゃんは、わたしの生まれる前々から、何度となく山へ行き来していたのでは? 積まれている杖の数は、一目では数えられるものではなかったのでした。

今でもわたしの中に、その時の情景があざやかに残されているのは何だったのでしょうか。

囲炉裏をかこんでの家族の食事、お代わりはおばあちゃんの役でした。

居間の火鉢にかかった鉄瓶にたぎる湯の音。

そして唯一の暖房であった炬燵。その中へ体ごとすっぽりと入り込んだ時の、あのふんわりとしたまろやかな暖かさ。それは祖父が山で焼いてきてくれた粉炭(細い枝を焼いてできた細かい炭)の暖かさだったのでした。

勤めに出ていた父の山への姿の記憶は、あまりありませんが。

今よりはずっと雪も深く長かった冬。二階からは「トントン……」、祖母と母の機織りの音が聞こえていました。

わたしは弟と二人きょうだいで育ちました。時には十歳年下の弟を背に遊ぶこともありました。

近隣だけでもすぐ遊びなかまは集まります。石けり、国盗り、かくれんぼ、縄とび、おにごっこ、花いちもんめ……。わたしたちは大地を自由にかけ廻り、満ち足りた毎日でした。

四囲は山、続く田、そして桑畑。にぎわしいカエルの声、暗闇の中のホタルの乱舞……。わたしはこのような山深い農村に生まれ育ちました。

けれども今でもふしぎに思うのは、クロちゃんのようなカエルに一度も出会ったことがなかったのです。もしも突然出会えば、わたしはその容姿に大声をあげてしまっていたに違いありません。

夫の勤めの関係で、長野県内各地で暮らしていたことがあります。そんな中、長野の町で1センチにも満たない小さな黒い虫に出会いました。それがわたしの両手で持つほどに大きくなるとは夢々思いませんでした。

クロちゃんとの生活の中で、カエルたちが目立たないけれどもわたしたちにとって大切な存在であることに気づかされました。あらためて、見直すきっかけを与えてくれたクロちゃんでした。




山内祥子

1925年、長野県下伊那郡山本村(現飯田市山本)生まれ。長野県飯田高等女学校を経て、松本女子師範学校卒業後、教職に。現在無職。


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2022年8月5日金曜日

9月号『星空をながめて』作者のことば

想像してみよう            

関口シュン

ルナのおばあちゃんのバアバは、高原で野菜を作りながら、大好きな星空をながめて暮らすのが大好きな人です。野菜を作っている人は多くても、ここまで星空のことに詳しい人は珍しいかもしれません。詳しいだけでなく、小学生のルナにもわかりやすく星空のことを教えてくれるところが、本当に心から星空のことが好きなんだなぁと感じます。

 「珍しい」という言葉から、皆さんはどんなことを思いますか?

 「みんなと違う」「違っているところが目立つ」「変わっている」……

 そうですね、珍しいということは、みんなと違うところが目立って珍しがられるけど、その違っているところがとても魅力的で、その人らしい個性が輝いているそんな感じがしますね。

 そんなバアバだからこそ、ちょっと個性的なルナが新しい学校になじもうとする気持ちに寄り添えたのでしょう。きっとバアバも子どもの時から同じ思いを抱いてきたのかもしれません。

 今はまだ、みんなと違って珍しいところも、そのうちにきっと、「ルナらしくていいよ!」と輝くはずだからと思って、バアバは大好きな星空の話をはじめたのでした。

 そして、バアバはこうも考えています。

 星空を動いてゆくわく星たちは、地球と同じ太陽系のわく星ながら、それぞれの個性をもって地球と一緒に動いている。地球から見れば太陽も月も地球の周りをまわっているように見えるから、みんな星空をめぐる仲間のようなもの。

 そのわく星一つひとつの個性を、昔の人たちは、神話や伝説の神様に例えたり、地上で起こるできごとと結びつけたりしてきたのでしょう。

 わく星だけでなく、広大な星空にも星座をつくって、個性的で特別な場所として楽しんできたというわけです。

 そこで、この絵本では、星空や宇宙のシクミを科学的に伝えようとすることよりも、星空を眺めてきた人類がどんな想像を楽しんできたのかを描こうと思いました。その星空に向けた想像力は、今の時代でも私たちをワクワクさせてくれるからです。

 ときには、心がモヤモヤしているときに星空はいやしてくれたり、元気にしてくれたり、夢や希望を星にお願いしたりもしますね。

 街なかや忙しい暮らしでは、なかなか星空をながめることはないかもしれませんが、晴れた夜にはぜひ見上げてみてくださいね。地上の自然と同じように、自分たちは星空にも守られながら、星とつながって生きていることを感じますよ。 





 


関口シュン

1957年、東京生まれ。永島慎二氏に師事し漫画家として月刊ガロにてデビュー。漫画作品のほかに学習絵本作品や児童読み物、犬猫のしつけ本の挿絵など活躍は多岐にわたる。主な作品に『星空の話』(福音館書店)、『日食・月食のひみつ』(子どもの未来社)、『地球の中に、潜っていくと…』(たくさんのふしぎ2019年12月号)などがある。また、心理占星術家として30年以上のキャリアをもち、講座やセミナーなどで後進の育成にあたっている。主な占星術の関連本『はじめての心の星うらない』(かもがわ出版)など。

 


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2022年7月13日水曜日

8月号『石は元素の案内人』作者のことば


石と一緒に

田中 陵二


 私は、小さいときからずっと石が好きでした。はじめて鉱物採集に行ったのは、小学校3年生の時、妙義山(群馬県)です。ここは岩の隙間に小さなメノウ(結晶の形を示さない、白っぽい二酸化ケイ素)がいっぱい入っているところがあります。小学校5年生になると、ひとりで遠くに出歩くようになりました。最初に行ったのは、足尾銅山(栃木県日光市)で、ここは家から片道75キロメートルもあります。

 親に内緒で朝早く家を出て、自転車を7時間もこいで足尾の銅山に行き、1時間石を拾って、また7時間かけて群馬県の自宅に帰るのです。今考えるとかなりとんでもない話です。親には内緒にしていたはずでした。ですが、家にたどり着いたとき、自転車のかごに足尾までの道順が線引かれた地図が入っていて、それで行動がバレてしまいました。ただ、怒られるわけではなく、すぐに腕時計を買ってもらったのと、父親の知り合いの地質学者さんを紹介してもらったのをよく覚えています。


 中学生になると電車に乗るのを覚え、九州や四国の山奥を半月も放浪していました。各駅停車の電車で片道2日から3日揺られ、リュックにテントや寝袋、食料などを全部詰め、森深い山の中をひとりでうろつきまわりました。今と違って携帯電話があるわけでもなく、危ない思いもずいぶんしましたが、毎回何事もなく帰ってきました。野外で行動をする場合、いろいろ危険なこともあるのですが、あまりにも用心しすぎると何もできないですし、想像力と判断力が足りなければ事故を起こします。自分の能力と体力と相談し、全力の半分ぐらいの余力のところで引き返すのが大事なんだ、ということに気づきました。


 その後私は、大学に進んで化学を勉強し、化学の研究者になりましたが、子どものころに学んだ石の知識は未だに役に立っています。父に連れられて行った山や鉱山で見た石がずっと原風景となって私の中身をつくり、大人になった今でもありありと思い出せます。みなさんも、興味を持ったことを、深く掘り下げていろいろ調べて、考えてみてください。その経験は、一生役に立つかと思います。

 

 

                         中学生の著者



田中 陵二
1973年、群馬県生まれ。(公益財団法人)相模中央化学研究所主任研究員。東海大学理学部化学科客員教授。群馬大学大学院工学研究科博士後期課程修了。科学技術振興機構研究員などを経て現職。専門は有機・無機ケイ素化学、結晶学および鉱物学。マクロ科学写真の撮影もおこなう。共著に『よくわかる元素図鑑』(PHP研究所)、『超拡大で虫と植物と鉱物を撮る』(文一総合出版)、監修に『GEMS  美しき宝石と鉱物の世界』(東京書籍株式会社)などがある。2013年より月刊誌『現代化学』(東京化学同人)にて「結晶美術館」を連載中。子どもにむけた本は、本作がはじめて。


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2022年5月9日月曜日

6月号『うんこ虫を追え』作者のことば

 うんこ虫を食べる

舘野 鴻


 私の絵本作家デビューは、死体で子育てをする虫が主役の『しでむし』という本でした。それ以来、地味だったりグロテスクだったり変わり者だったり、そんな虫ばかりを主役にしてきました。でもそれは全部「人から見て」という話。彼らにしてみれば、普段どおりの姿や暮らしをしているだけ。見た目だって、そういう格好じゃなければいけない理由があるから。私は、人から嫌われがちな虫たちが、そんなふうに健気に、懸命に生きている姿を描きたいのです。

 草も虫もケモノも、産まれて死んでいくのはみんな同じ。嫌いだった虫も「何をしているんだろう」とか、「頑張ってるんだな」とか、そんなことをふと感じた瞬間に、ちょっと愛おしく見えてくるものです。虫だけでなく、身の回りにある全てのものでも、「知りたい」と思ってじっくり観察をしていると、観察対象は自分にとって特別なものになり、不思議と輝いて見えてきて、そこから自分がそれまで知らなかったあたらしい世界が見えてきます。これは本当のことです。

 死体やうんこを食ったりするのは、私たちがおいしいご飯をいただくのと同じこと。逆に彼らからすれば、人の姿や行動は奇妙に見えるでしょうね。今回描いた「うんこ虫」、オオセンチコガネは、見た目は宝石のようにキラキラしています。ところが暮らしを追うとうんこまみれ。見た目はいいけど暮らしが不潔すぎる。というのは人の価値観で、彼らにしてみれば当たり前の暮らしをしているだけ。その暮らしを知りたいと思って何年も付き合ってみると、うんこが尊く見えてくるのです。これも本当のことです。

 私もうんこをします。そして、実験上の必要性から「オレフン」でオオセンチコガネやセンチコガネを飼育することになりました。

 普段は自分のうんこなんて、じっくり見ることはないし、匂いを嗅ぐこともない。そんなの常識。でも、その常識って正しいのか? 本来ならば、動物のうんこや死体はさまざまな生きものの大切な資源だということは、現代の暮らしではなかなか想像しにくいかもしれません。人はいつのまにか、自然界の資源のやり取りから切り離されるどころか、資源を一方的にしぼり取るだけの生きものになってしまいました。

 資源の循環ということを考えたとき、私はふとアホなことを思いつきました。オオセンチコガネを食べる。食べれば、この虫は私の血肉になる。そして実行しました。食べたのは蛹。昆虫食の専門家に聞いたところ、幼虫や成虫はお腹の中に未消化のうんこがあって、それが人の体に害があるかもしれないとのことでした。どんな虫でも食べていいわけではないのです。

 茹でて食べたその味は……とうもろこしのように甘く香ばしく、土臭く、そして生臭いものでした。でも食べられました。オレのフンを食った成虫の子をオレが食う。小さな資源循環がそこにありました。とはいえ、自分が丁寧に育てた蛹を食べるのはとても悲しく、つらかった。それが食べる、ということなのかもしれません。








舘野 鴻 
1968年横浜市に生まれる。故・熊田千佳慕に師事。演劇、現代美術、音楽活動を経て生物調査員となり、国内の野生生物全般に触れる。その傍ら教科書、図鑑などの生物画や景観図、解剖図などを手がけ、写真家久保秀一の助言を得て2005年より絵本製作を始める。生物画の仕事は『生き物のくらし』(学研プラス)など。絵本に『しでむし』『つちはんみょう』『がろあむし』(以上、偕成社)、『なつの はやしの いいにおい』『はっぱのうえに』(ともに「ちいさなかがくのとも」/福音館書店)などがある。


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