2022年5月9日月曜日

6月号『うんこ虫を追え』作者のことば

 うんこ虫を食べる

舘野 鴻


 私の絵本作家デビューは、死体で子育てをする虫が主役の『しでむし』という本でした。それ以来、地味だったりグロテスクだったり変わり者だったり、そんな虫ばかりを主役にしてきました。でもそれは全部「人から見て」という話。彼らにしてみれば、普段どおりの姿や暮らしをしているだけ。見た目だって、そういう格好じゃなければいけない理由があるから。私は、人から嫌われがちな虫たちが、そんなふうに健気に、懸命に生きている姿を描きたいのです。

 草も虫もケモノも、産まれて死んでいくのはみんな同じ。嫌いだった虫も「何をしているんだろう」とか、「頑張ってるんだな」とか、そんなことをふと感じた瞬間に、ちょっと愛おしく見えてくるものです。虫だけでなく、身の回りにある全てのものでも、「知りたい」と思ってじっくり観察をしていると、観察対象は自分にとって特別なものになり、不思議と輝いて見えてきて、そこから自分がそれまで知らなかったあたらしい世界が見えてきます。これは本当のことです。

 死体やうんこを食ったりするのは、私たちがおいしいご飯をいただくのと同じこと。逆に彼らからすれば、人の姿や行動は奇妙に見えるでしょうね。今回描いた「うんこ虫」、オオセンチコガネは、見た目は宝石のようにキラキラしています。ところが暮らしを追うとうんこまみれ。見た目はいいけど暮らしが不潔すぎる。というのは人の価値観で、彼らにしてみれば当たり前の暮らしをしているだけ。その暮らしを知りたいと思って何年も付き合ってみると、うんこが尊く見えてくるのです。これも本当のことです。

 私もうんこをします。そして、実験上の必要性から「オレフン」でオオセンチコガネやセンチコガネを飼育することになりました。

 普段は自分のうんこなんて、じっくり見ることはないし、匂いを嗅ぐこともない。そんなの常識。でも、その常識って正しいのか? 本来ならば、動物のうんこや死体はさまざまな生きものの大切な資源だということは、現代の暮らしではなかなか想像しにくいかもしれません。人はいつのまにか、自然界の資源のやり取りから切り離されるどころか、資源を一方的にしぼり取るだけの生きものになってしまいました。

 資源の循環ということを考えたとき、私はふとアホなことを思いつきました。オオセンチコガネを食べる。食べれば、この虫は私の血肉になる。そして実行しました。食べたのは蛹。昆虫食の専門家に聞いたところ、幼虫や成虫はお腹の中に未消化のうんこがあって、それが人の体に害があるかもしれないとのことでした。どんな虫でも食べていいわけではないのです。

 茹でて食べたその味は……とうもろこしのように甘く香ばしく、土臭く、そして生臭いものでした。でも食べられました。オレのフンを食った成虫の子をオレが食う。小さな資源循環がそこにありました。とはいえ、自分が丁寧に育てた蛹を食べるのはとても悲しく、つらかった。それが食べる、ということなのかもしれません。








舘野 鴻 
1968年横浜市に生まれる。故・熊田千佳慕に師事。演劇、現代美術、音楽活動を経て生物調査員となり、国内の野生生物全般に触れる。その傍ら教科書、図鑑などの生物画や景観図、解剖図などを手がけ、写真家久保秀一の助言を得て2005年より絵本製作を始める。生物画の仕事は『生き物のくらし』(学研プラス)など。絵本に『しでむし』『つちはんみょう』『がろあむし』(以上、偕成社)、『なつの はやしの いいにおい』『はっぱのうえに』(ともに「ちいさなかがくのとも」/福音館書店)などがある。


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2022年4月7日木曜日

5月号『地球縦断の旅 北極から南極へ』作者のことば

自分の輪郭となった長い旅

石川 直樹



 一年がかりで地球を北から南に縦断したこの旅は、今から思えば夢のような道行きであり、その後の自分の人生を左右する種のようなものをいくつもまいてくれた。

 南極点に到着した後にチームは解散したけれど、ぼくは一人南極に居残り、南極大陸最高峰ビンソンマシフに登頂した。その後、日本へ帰る途中で南米大陸最高峰のアコンカグアにも立ち寄った。二つの山の頂に連続して立てたのは、標高の高い南極を歩き続けて高所順応がある程度できていたこと、POLE TO POLEの解散時に余った食料や道具をもらい受けたこと、そして、何よりも過酷な長旅を通じて経験値が最大限にあがっていたことも大きかった。

 一年ぶりに日本に帰国したのも束の間、ぼくはその勢いでチベットに向かい、エベレストにも登頂した。こうして七大陸の最高峰すべてに登ることができたのだが、それはひとえにPOLE TO POLEプロジェクトによって蓄えられた多様な経験に導かれたと言っていい。

 人生の節目のような旅を終えたぼくは、それから10年にわたって北極圏の小さな街を訪ね歩き、10年後には南極を再訪することにもなる。これらもまたPOLE TO POLEの旅が忘れられず、極地にもう一度身を置きたい、と願い続けたからだった。

 大学を休学して臨んだ一年間の地球縦断の旅だったが、そこで学んだことは、学校で教わることの何十倍も広く、深く、濃密なものになった。英語やスペイン語を習得し、環境や経済や政治について学び、どんな練習よりも実践的なサバイバル・トレーニングのようなものを積み重ね、人間関係の面白さや難しさや複雑さを痛感し、自分自身とも真剣に向き合わざるをえなかった。すなわち、体全身を使って分厚い地球図鑑(そんなものがあるのかわからないけれど…)を読みこんで咀嚼しているような、そんな稀有な一年だった。

 仲間たちのその後の様子はSNSなどを通じて、時おり伝わってくる。みんなそれぞれの道を歩みながらすでに20年以上の歳月が経った。しかし、この旅の記憶は薄れるどころか、今現在の自分の旅ともどこかで必ず結びつき、心の奥底を揺さぶってくる。それは仲間たちも同じではないだろうか。

 旅の経験は目に見える形では残らないけれど、だからこそ自分の中でいつまでも燻り続け、自分の輪郭を作っていく源になる。そうはっきりと言い切れるような充実した旅に巡り合うことのできた22歳のぼくは、本当に幸運だった。





石川 直樹
写真家。1977年東京生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。辺境から都市まで世界を旅しながら、作品を発表している。『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により、日本写真協会新人賞、講談社出版文化賞。『CORONA』(青土社)により土門拳賞を受賞。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)など多数。たくさんのふしぎには『アラスカで一番高い山』(2020年4月号)がある。


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2022年3月8日火曜日

 


2022年3月8日火曜日

4月号『家をまもる』作者のことば

こわれなかった家 

小松義夫


 インドネシアのスマトラ島沖、そのあたりのインド洋に浮かぶニアス島を訪れたのは30年ほど前です。北部のシワヒリ村に行ったら、あちこちに空飛ぶ円盤のような家がありました。楕円形の舟のような形のものが何本もの柱に支えられて、本当に空とぶ円盤が空中に浮かんでいるように見えました。

 屋根の一部は、戦闘機の操縦席のように上に向かって開いています。窓にはガラスが入っていません。家の中がどうなっているかなと思っていたら、女の人が手まねきしてくれました。暑い中を歩いて汗をたくさんかいていたので、疲れていると思われたのでしょう。「家で休んで行きなさい」と言われました。

 中に入ると、枕を投げてくれました。木の床に横になって、枕を頭に当てて天井を見ているうち、ウトウトして少し眠ってしまいました。おかげで元気になったので、窓のまわりにあるベンチのような長椅子にすわって外を見ました。外を歩く人を見ていると、まるで、船か宇宙船に乗って旅をしている気分になりました。楽しい家だなあと、深く印象に残りました。

 2005年3月25日に、ニアス島で大地震が起きて甚大な被害が出ました。あのシワヒリ村の家がとても心配でした。地震のニュースから約10年たって、ニアス島を再び訪れました。あの楕円形の家が地震でこわれてしまっただろうか、と思っていました。

 しかし、そんなことはなくて、家は以前と同じように建っていてうれしくなりました。村の人に話を聞くと、家は地震でびくともしなかったが、屋根の部分はこわれたと言います。でも、屋根を再びつくるのはかんたんで、費用もほとんどかからなかったのだと。屋根は最初から、いつこわれてもいいように軽い材料でつくってあるのだそうです。屋根の部分は梁の材木と屋根をささえる竹、そしてヤシの葉があればすぐにできると言っていました。地震にそなえて家をまもる工夫に感心しました。




小松義夫

1945年生まれ。東京総合写真専門学校で学ぶ。毎年企業カレンダー「地球・SUMAI」制作に関わり約35年経つ。主な著書に、『ブータン』『エジプト』『セネガル』(偕成社)、『Built by Hand』『HUMANKIND』(Gibbs Smith Publisher,USA)、『Wonderful Houses Around The World』(Shelter Publications,USA)、『地球生活記』(産経児童出版文化賞受賞)『地球人記』『世界あちこちゆかいな家めぐり』(いずれも福音館書店)。ほかに「たくさんのふしぎ」で『世界の子ども きょうから友だち』『土の家』『家をかざる』(以上、福音館書店、現在品切)のほか、『世界の不思議な家を訪ねて』(角川書店)、『僕の家は世界遺産』(白水社)、『人と出会う場所 世界の市場』(アリス館)などがある。


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2022年2月8日火曜日

3月号『都会で暮らす小さな鷹 ツミ』作者のことば

タカを観察してみよう! 

兵藤崇之


 あなたがこの絵本を読んでツミに興味を持ってくれたら、わたしはとても嬉しいです。さらにツミや猛禽類、野鳥を観察してみたいと思ってくれたら、作者冥利に尽きるというものです。でももしかすると、あなたがツミを探しに出かけても見つけられないかもしれません。そんなときのおすすめは、秋のタカの渡りの時期に、渡りの観察ポイントに行くことです。「それって、一体どこ?」バード・ウオッチングの本を調べれば、日本各地の観察ポイントのことが書いてあります。さらにインターネットも調べれば、何月何日に何羽のタカが渡ったかを、克明に記録している人達が各地にいることがわかるでしょう。

 観察ポイントが一人では行けないくらい遠いかもしれません。そんなときには家族の大人に連れて行ってもらえないか、相談してみてください。有名な観察ポイントのひとつが、38~39ページの絵の愛知県の伊良湖岬です。ここは江戸時代に「鷹ひとつ見つけてうれし伊良虞埼」とあの松尾芭蕉が詠んだところです。大昔からずっと毎年タカが渡って、人がそれを観ている。ここの浜辺で10月の晴れた日に双眼鏡を持って空を眺めれば、空を舞うタカの中にツミの姿が見られるでしょう。

 ただ、わたしがちょっと気がかりなのは、遠くを飛ぶ鳥を双眼鏡の視界に収めてピントを合わせるのは、初めてだとかなり難しいということです。タカを見に行く前には、近くの木に止まっている鳥を双眼鏡で見る練習をすると良いでしょう。慣れさえすれば、大丈夫。タカが旋回したときに羽や眼が光る様子まではっきり見えるようになります。

 もうひとつ、見ているタカの種類や性別、年齢を判断することも難しいでしょう。その場でフィールドガイドを調べて、分からなければ詳しい人に教わるのが良いと思います。ただ中には、詳しそうなそぶりをしているけれど、間違えたことを教える人もいるので、注意が必要です。教わったことを書いておいて、家に帰ったら本当に正しいかどうか、図鑑やインターネットを使って自分で確認するのが良いと思います。そのためにも、見たタカの特徴や、時間、飛び方などを絵と一緒に観察ノートに書いておくと役にたちます。

 こうしてタカを観察すると、また見に行きたくなるものです。同じ観察ポイントで同じ人にまた会ったり、違う場所でも同じ人に会ったり、初めて会う人と友達になったりして、段々、タカの観察の深みにはまっていくでしょう。詳しくて信頼できる人、仲良くなれそうな人も自然とわかってくると思います。そうなれば、もうあなたもホーク・ウォッチャー(タカを観察する人)の一員です。実は、タカを観察している人は、日本だけではなくて、アジアの各地、世界の各地にいます。同じ深みにはまった人とは、育った国や話す言葉が違っても、年齢が離れていても、不思議とすぐにわかり合えるものです。今度の秋には、観察ポイントでぜひ一緒にタカを観ましょう。


兵藤崇之

関西育ちで現在は横浜在住。小さいときから、好きなのはお絵描きとお遊戯。好きな動物は、ネコ科の猛獣と猛禽類。小学生のころから水彩画を、大人になって日本画を学ぶ。会社勤めの合間に、趣味で猛禽の保護と観察、スケッチを続けて今日に至る。ツミの観察結果は、過去に学会では報告しているが、絵本にまとめるのは今回が初めて。


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2022年1月11日火曜日

2月号『世界の納豆をめぐる探検』の「作者のことば」

未知の納豆ワンダーランド
高野秀行


 「謎」や「未知」を求め、アジア・アフリカ・南米などに残る辺境を歩き回って早三十数年になる。自分の足と目を使って辺境にある未知の土地や民族、あるいは謎のものを探すのが生き甲斐であり、生業である。広い意味で「探検」とも言える。

 だが最近、この探検はどんどん難しくなってきた。インターネットと携帯電話の普及により、世界全体が高度情報社会時代に突入、探検すべき場所やものが激減しているのだ。たいていのものはネットで検索すると、詳しい情報や画像や動画まで出てきてしまい、わざわざ現地へ行く必要もなく、それが何かわかってしまう。

 これでは私の生き甲斐がなくなってしまうじゃないか。いや、それ以前に失業してしまう!! と悲鳴をあげたくなったところで、ふいに出くわしたのが納豆だった。

 驚いたことに、納豆は「未知の大陸」だった。納豆はあまりにもありふれており、値段も安いので、日本を含め、どこの国でも真剣に研究されていない。値段が安い=価値がないと思われているのだ。実際、これが酒だと国や企業から予算がつくので研究は桁違いに活発になる。だから納豆に関する論文や書籍も極端に少ない。日本の納豆とアジアやアフリカの納豆を比較する人もほとんどいなかった。それが同じ「納豆」であることすら、日本人に知られていなかったほどだ。

 また、アジアやアフリカの諸国では、納豆のような伝統食品はネット上の情報もひじょうに限られている。なぜかというと、ネットに情報をアップするような人は、都市部に住んでいるか若い人かのどちらかで、そういう人は納豆みたいな伝統食品の作り方など知らない。そして、納豆を自分で作っているような人は田舎に住んでいるか高齢者であり、ネットなんかやっていないのである。

 そして、とどめは味と香りである。その食べ物が納豆であるかどうかは画像や動画を見てもいっこうにわからない。発酵していると言っても味噌やチーズの類いかもしれない。でも、自分でそこへ行き、匂いを嗅いで味見してみれば一発でわかる。納豆は世界中どこでも、匂いを嗅げば「あっ、納豆!」と納豆を知る人になら誰にでもわかる。食べればなおさらわかる。

 このような条件が重なり、納豆は高度情報社会の現代において、まさに手つかずのワンダーランドとなっていた。私は7年もの間、この未知なる世界を探検しまくったのだが、それは本当に幸せな時間だった。今回、スケラッコさんの素晴らしい絵とともに、その探検行を読者のみなさんと共有することができ、心から嬉しく思う。



高野秀行

1966年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学探検部在籍中に書いた『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)をきっかけに文筆活動を開始。モットーは「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、誰も書かない本を書く」。『謎の独立国家ソマリランド』(本の雑誌社)で第35回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に『巨流アマゾンを遡れ』『ワセダ三畳青春記』(ともに集英社文庫)『謎のアジア納豆』(新潮文庫)『幻のアフリカ納豆を追え!』(新潮社)など多数。


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③amazon、楽天ブックスなどのウェブ書店さんでもご購入頂けます。 しかし、品切れになったり、定価(770円)より高くなったりしていることがよくあります。 刊行から約3年以内の作品は小社に在庫がありますので、恐れ入りますがお近くの書店さんにご注文頂ければ幸いです。