2024年10月3日木曜日

11月号『となりにすんでるクマのこと』作者のことば

作者のことば

クマのとなりでくらすこと                

菊谷詩子

 

 初めて野生のクマと出会ったのはアラスカでした。キャンプ場の近くを歩いていると、突然ヒグマの亜種のハイイログマが現れ、ズンズンこちらに近づいてきました。とっさに何もできずにただ突っ立っている私の目の前をクマは悠々と通り過ぎ、近くの木に背中をゴシゴシとこすりつけた後、去っていきました。その大きさと波打つ筋肉を見て、絶対に敵わないと思ったのを鮮明に覚えています。

 実は軽井沢に来る前、ヒグマより小型のツキノワグマはヒグマほど怖くないだろうと甘くみていました。ところが人身事故の数を見ると、日本ではツキノワグマの被害の方がヒグマより多いのです。クマの専門家の話によると、ツキノワグマは臆病で、人とばったり出会うと、身を守るために攻撃に転じやすいと聞きました。全然甘く見てはいけない相手でした。軽井沢は森の中に別荘が点在し、森と人里との境界を引くのがとても難しいところです。クマとのバッタリ遭遇がいつ起こってもおかしくありません。しかし、ここにはクマの専門家集団がいます。クマの追い払いに同行した際、犬の吠え声に何事かと別荘の持ち主が様子を見に出てきたことがありました。田中さんは、追い払っているクマは何という名前のどんなクマなのか、どのように追い払いをしているのかなど、時間をかけて丁寧に説明しました。クマと聞いて少し強張った表情だった別荘の方も、話を聞くにつれ表情がほぐれ、別れ際に「クマも山で寿命を全うできたらいいね」と言ってくれました。クマの専門家の存在は頼もしく、大きいと感じた瞬間でした。

 自然とうまく付き合うには、相手を知ることも重要です。町内の小学校では毎年5月から6月、クマチームによるクマ学習が開催されます。1年生はクマに出会った時どうするか教わります。学年が上がるにつれ、町内にはどんな野生動物が住んでいてどのように暮らしているか、調査のやり方や関わり方、町内での管理体制についてなど、野生動物と共存していくことを6年かけてしっかり学びます。目指すのは人と野生動物の緊張感のある住み分けです。意識的な餌付けはもちろん、無意識の餌付けに気をつけるのが大事です。問題を起こすクマを生み出さないように未然に防ぐことが、私たちだけでなく、クマを守ることにつながるのです。その取り組みに感銘を受け、全国の子どもたちにクマ学習を届けたいと思ったのが、この絵本を作るきっかけです。


作者紹介

■ 菊谷詩子 文・絵(きくたに うたこ)

幼少期をケニアとタンザニアで過ごしたことをきっかけに、動物学者を目指して東京大学の博士課程に進むも絵の道を目指して中退。カリフォルニア大学でサイエンスイラストレーションを学ぶ。科学雑誌、図鑑、教科書、博物館の展示などのイラストを制作している。2002年ボローニャ国際絵本原画展(ノンフィクション部門)入選。絵本では『いぬのさんぽ』(「かがくのとも」通巻492号)、『食べられて生きる草の話』(「たくさんのふしぎ」通巻367号)、『9つの森とシファカたち』(同415号、以上福音館書店)がある。


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(品切れになっていたり定価より高くなっていることがありますが、小社には在庫がありますので、近くの書店さんにご注文頂ければ幸いです)

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2024年9月3日火曜日

10月号『アシカとアザラシ』作者のことば

アシカ、アザラシがたどった道                

水口博也 

ぼくは、クジラやイルカのなかまとともに、同じように生活の舞台を海に移した哺乳類であるアシカやアザラシのなかまを、世界の海で長く観察してきました。

一生を海のなかでくらし、海上に姿をみせるのは呼吸をするために浮上するときだけであるクジラやイルカとちがって、アシカやアザラシのなかまは、少なくとも子どもを産み育てる季節は、陸上や北極海、南極海の氷のうえですごします。その季節には、かれらのくらしを妨げることがないように、ある程度の距離をとって双眼鏡や望遠レンズをつかえば、しっかりとそのくらしを観察することができます。そうした観察から生まれたのがこの本です。

         *

アシカやアザラシのなかまは、ともに海中でのくらしに適応して脚をひれに形を変えたため、「鰭脚類」と呼ばれます。こうしたひとつのグループに属する多くの種を観察するおもしろさは、そのグループの動物たちが共通してどんな体のつくりやくらしを進化させてきたかを知ることができる一方、種のあいだにちがいがあるとすれば、それぞれがすむ海の環境やかれらがたどってきた道のちがいによるものであることをあわせ見ることができることです。

北極海や南極海をおおう海氷上にすむアザラシたちは、防寒のために体にたっぷりと脂肪をたくわえています。いくぶん緯度が低い海でくらすアシカのなかまは、それほどではありません。

そのためもあるのでしょう。多くのアザラシの母親はいったん子を産むと、多くは子別れをするまで自分は餌をとることなく、体にためた栄養分を糧におっぱいを与えつづけ、短期間で子どもをひとりだちさせます。一方、アシカのなかまの母親は、子育て中にも自分も餌をとりに海に出かける必要があり、その分だけ子どものひとりだちは、アザラシにくらべて長びくことになります(本書でも、その両者のちがいを読みとっていただけると思います)。

動物たちの姿かたちやくらしかたは、長い進化の流れのなかで育まれてきたものです。さまざまな動物を観察する楽しみは、かれらがいま見せてくれるくらしぶりを目にしながら、その背景にある悠久のときの流れに思いをはせることができることにあるのかもしれません。



■ 水口博也(みなくちひろや)

1953年、大阪生まれ。大学で海洋生物学を学んだあと、出版社に勤務して自然科学の本を編集。1984年から写真家として独立、世界の海で撮影や取材を行い、多くの著書や写真集を発表。クジラやイルカなど海にすむ哺乳類についての著作が多いが、近年は地球環境の変化を追い、北極、南極から熱帯雨林まで広く地球上の自然や動物について取材を行う。「たくさんのふしぎ」には『コククジラの旅』『南極の生きものたち』『クジラの家族』『シャチのくらし』がある。

 

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2024年8月2日金曜日

9月号『おいしさつながる昆布の本』作者のことば

昆布の未来のために                

松田真枝 

今から半世紀も前の昭和時代のことです。北海道のわたしの家の台所にはいつも昆布がたくさんありました。うちだけではありません。「買うものではなくてもらうもの」といわれたほど、昆布はたくさん採れていました。毎日の味噌汁のだしには、たっぷり昆布が使われていました。

 そんな中で、水に入れると塩味もついて、だしがらが出ない「だしの素」が登場し、昆布は家庭で使われなくなっていきました。おとなになったわたしも、鍋や特別にだしをとる時以外は昆布を使わなくなっていました。

 ところが、イタリア料理を学び地元食材を使う中で、わたしは昆布に再会することに。スープと具に使える昆布は、便利で無駄のない食材であることに気づきました。

 見た目は似ている昆布が、種類で味が違うことも大発見でした。そのそれぞれが料理の味をおいしくするなんてすごい!と興奮し、たくさんの人に伝えたくてならなくなりました。

 昆布のワークショップを開いて、みんなで驚いたり、納得したり。そこにいる全員が、わたしと同じように昆布のおいしさと面白さを発見して感動していることが嬉しくてなりません。

 そんなあるとき、新しい疑問が生まれました。「沖縄で昆布が郷土料理に使われるのはどうしてだろう。誰が運んだんだろう。」沖縄で北海道の味とは違う昆布料理を食べて、地方によって料理は変わることを実感しました。沖縄の昆布食の成り立ちに富山の薬売りが関わったことを知って、富山へ。気づくとわたしは、昆布の料理と疑問への答えを求めながら「昆布ロード」を巡る旅を続けていました。そして最近は、ヨーロッパやアメリカでも昆布の価値が認められてきたことを喜んでいました。

 でも、豊富にあった昆布は今、海水温度の上昇や海の環境の変化、漁師が減っていることなどから、生産量が減っています。

例えば、この本の取材で訪れた年の羅臼は、かつてないほど暑い夏でした。漁に備えて海面に近いところに引き上げられていた養殖ものの根が、暑さで腐ってしまう被害が出ました。

 また、函館の真昆布の産地で天然昆布の水揚げが激減しています。海水温度が上がり、昆布を餌にするウニが増えすぎました。2年かけて育てる養殖ものもなかなか大きくなりません。現在、産地全体で天然昆布の再生事業にとりくんでいます。

 日高昆布の産地えりも町では、なくなりかけた昆布をみんなで救いました。入植以後、暖房燃料の薪や放牧地開拓のために木々を切ったところに、この地特有の強風が吹きつけ、山は砂漠のようになりました。海に土砂が流れ込み、昆布も魚もいなくなりました。山と海のつながりに気づいた人々は70年以上かけて植林事業を行い、豊かな海が戻りました。

 昆布は海の様子を知るバロメーターでもあるのです。

 おいしくて面白い昆布を、これからもずっとみんなで楽しめるように願ってこの絵本を作りました。うどんやおでんを食べるときに、昆布と海を思い出してくださいね。




■ 松田真枝(まつだ まさえ)

北海道生まれ。料理家。デパートの食品部門プランナーを経てイタリア各地で食文化を学び、北海道素材で作るイタリア料理教室を開講。食育も行う。2016年日本昆布協会昆布大使に任命される。生産地や「昆布ロード」の寄港地を訪ね、各地の食文化や歴史と結びついた昆布食の聞き書きを続けている。

 

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2024年7月10日水曜日

8月号『光る石 北海道石』作者のことば

新鉱物みつけた!

田中陵二


 私は小学校中学年のころから石が大好きな「石っ子」でした。石を探して、日本全国をさまよい歩いていました。石好きのいちばんの夢は、新しい鉱物を見つけ、自分で名前をつけることです。でも、それにはいろいろなデータを集めて、新発見を証明する必要があります。拾ってきた石がどういうものかを正しく調べられるようになるには、専門の勉強と実験が必要です。
 地球をつくる、いわば細胞にあたるものが鉱物で、その種類は6000種ほど知られています。身の回りにあるのはそのうち100種ぐらいですが、それ以外の鉱物、ましてや今までにない新しいものを発見するのはかんたんではありません。新しいものに気づくには、まずはすでに知られていることをしっかり勉強し、だいたいの鉱物を見分けられるようになるのが大事です。石をじっくり観察して、よく調べ考えて、専門家に見せたりする経験を何年もくりかえすのです。そうすると、石を見て「これはおかしいな?」というカンがはたらきます。でも、そのへんな石を機械で分析しても、そのほとんどは今まで知られていた石の別の姿なのです。そんなことをしていると、たまに、本当の新発見にいきつきます。そんなチャンスが、とうとう私のところにもやってきました。石を集めはじめた小学生のころから数えて、40年がたっていました。
 私は大学時代から今にいたるまで、有機化学といって、炭素という元素を中心とした化学を専門としていました。これとは別に、子どものころから好きだった鉱物や結晶の勉強もずっとしていたのです。これらは互いに別の専門分野なのです。多くの石は有機化合物ではないので、石と有機化学をともに勉強するひとは、世界中にもほとんどいません。
 私たちが見つけた新鉱物「北海道石」は、有機鉱物といって、炭素を主成分とした、とてもめずらしいものでした。これを研究するためには、石を調べる学問である鉱物学や地質学のほかにも、有機化学にくわしい必要があります。たまたま両方を勉強していた私にとっては、幸運でした。そのふたつのあいだは、まだ研究されていないことがいっぱいあったのです。
 みなさんも、これから自分の専門をえらんで勉強し、その知識と経験をもとに社会に出ると思います。そのとき、余力があったら、ふたつのちがう専門を学んでみてください。ふたつの分野をむすびつけることで、それぞれの価値がより増します。1+1が3や4になるのです。 



■ 田中陵二(たなか りょうじ)

1973年、群馬県生まれ。東海大学理学部化学科客員教授。(公益財団法人)相模中央化学研究所主任研究員。群馬大学大学院工学研究科博士後期課程修了。科学技術振興機構研究員などを経て現職。専門は有機・無機ケイ素化学、結晶学および鉱物学。マクロ科学写真の撮影もおこなう。共著に『よくわかる元素図鑑』(PHP研究所)、『超拡大で虫と植物と鉱物を撮る』(文一総合出版)、監修に『GEMS  美しき宝石と鉱物の世界』(東京書籍株式会社)などがある。2013年より月刊誌『現代化学』(東京化学同人)にて「結晶美術館」を連載中。たくさんのふしぎは、『石は元素の案内人』(2022年8月号、現在「たくさんのふしぎ傑作集」として発売中)、『いろいろ色のはじまり』(2023年10月号)に続き3作目。


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2024年6月3日月曜日

7月号『風が描く絵 鳥取砂丘』作者のことば

ふるさとに目を向けて 

水本俊也

  ぼくは4歳から高校を卒業するまでの15年間を、鳥取で過ごしました。進学を機に、故郷である鳥取を離れました。在学中の中国留学を経て、日本国内やアジアの国々を旅するようになりました。1999年4月、世界中を巡るクルーズ客船専属のカメラマンになり、3年後に独立。写真家としてのキャリアをスタートしました。これまで南極や北極圏、ツバルなど僻地を含めた100を超える国や地域を訪れてきました。2011年3月に発生した東日本大震災が転機となって、世界の中の日本、日本の中の鳥取に目が向くようになり、鳥取での撮影やプログラム開催、アート事業への取り組みを重ねてきました。中国地方最高峰の大山など、山や海に囲まれた大自然、里山に暮らす人々、空高く、空気の澄む鳥取の何気ない日常をこれまで以上に愛おしく感じるようになりました。その中で、幼い頃によく行った鳥取砂丘に強い関心を抱くようになりました。 

 鳥取砂丘は、訪れるたびにいろいろな絵を見せてくれます。まだらもようにしまもよう、海底を彷彿とさせるなみもよう。流れる風に加えて、太陽が砂の陰影を映し出し、複雑な幾何学もようをつくり出します。朝昼夜で異なる自然美となって目の前にあらわれます。まるで砂には見えないもようもあり、ある写真(14ページ上)では縞鋼板のように見えます。これは二方向からの風でつくられた風紋が合わさったものだということです。同じページの下の写真は木目にそっくりです。これは砂丘にたまった砂の構造が反映したものだそうです。

 ぼくは子どもたち一人一人にカメラを持ってもらい、鳥取砂丘を自由に撮影してもらう写真プログラムを開催しています。砂しかない砂丘でも、参加者の子どもたちは鳥取砂丘をいろいろな角度から撮影してくれます。鳥取砂丘を訪れた人の数だけ、発見があることでしょう。みなさんもいつか、自分だけの絵を探しに鳥取砂丘を訪れてくれたら嬉しいです。 




■ 水本俊也(みずもと しゅんや)文・写真
写真家。鳥取県八頭町出身、神奈川県横浜市在住。公益社団法人日本写真家協会会員。長年、全国の小中学校や高校にて写真講師を務め、教育事業に携わる。近年は和紙と写真をかけ合わせた作品制作を行い、アートコーディネーターとしての一面もあわせ持つ。2013年からは「小鳥の家族」という鳥取砂丘をはじめとした自然の中で家族写真を撮影するプログラムを開始。家族の肖像を和紙作品で発表するとともに、砂の上に敷いたマットの上で寝袋に包まり、鳥取砂丘で星空を眺めながら夜を過ごし、朝を迎えるというイベントを毎夏開催している。

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