2024年7月10日水曜日

8月号『光る石 北海道石』作者のことば

新鉱物みつけた!

田中陵二


 私は小学校中学年のころから石が大好きな「石っ子」でした。石を探して、日本全国をさまよい歩いていました。石好きのいちばんの夢は、新しい鉱物を見つけ、自分で名前をつけることです。でも、それにはいろいろなデータを集めて、新発見を証明する必要があります。拾ってきた石がどういうものかを正しく調べられるようになるには、専門の勉強と実験が必要です。
 地球をつくる、いわば細胞にあたるものが鉱物で、その種類は6000種ほど知られています。身の回りにあるのはそのうち100種ぐらいですが、それ以外の鉱物、ましてや今までにない新しいものを発見するのはかんたんではありません。新しいものに気づくには、まずはすでに知られていることをしっかり勉強し、だいたいの鉱物を見分けられるようになるのが大事です。石をじっくり観察して、よく調べ考えて、専門家に見せたりする経験を何年もくりかえすのです。そうすると、石を見て「これはおかしいな?」というカンがはたらきます。でも、そのへんな石を機械で分析しても、そのほとんどは今まで知られていた石の別の姿なのです。そんなことをしていると、たまに、本当の新発見にいきつきます。そんなチャンスが、とうとう私のところにもやってきました。石を集めはじめた小学生のころから数えて、40年がたっていました。
 私は大学時代から今にいたるまで、有機化学といって、炭素という元素を中心とした化学を専門としていました。これとは別に、子どものころから好きだった鉱物や結晶の勉強もずっとしていたのです。これらは互いに別の専門分野なのです。多くの石は有機化合物ではないので、石と有機化学をともに勉強するひとは、世界中にもほとんどいません。
 私たちが見つけた新鉱物「北海道石」は、有機鉱物といって、炭素を主成分とした、とてもめずらしいものでした。これを研究するためには、石を調べる学問である鉱物学や地質学のほかにも、有機化学にくわしい必要があります。たまたま両方を勉強していた私にとっては、幸運でした。そのふたつのあいだは、まだ研究されていないことがいっぱいあったのです。
 みなさんも、これから自分の専門をえらんで勉強し、その知識と経験をもとに社会に出ると思います。そのとき、余力があったら、ふたつのちがう専門を学んでみてください。ふたつの分野をむすびつけることで、それぞれの価値がより増します。1+1が3や4になるのです。 



■ 田中陵二(たなか りょうじ)

1973年、群馬県生まれ。東海大学理学部化学科客員教授。(公益財団法人)相模中央化学研究所主任研究員。群馬大学大学院工学研究科博士後期課程修了。科学技術振興機構研究員などを経て現職。専門は有機・無機ケイ素化学、結晶学および鉱物学。マクロ科学写真の撮影もおこなう。共著に『よくわかる元素図鑑』(PHP研究所)、『超拡大で虫と植物と鉱物を撮る』(文一総合出版)、監修に『GEMS  美しき宝石と鉱物の世界』(東京書籍株式会社)などがある。2013年より月刊誌『現代化学』(東京化学同人)にて「結晶美術館」を連載中。たくさんのふしぎは、『石は元素の案内人』(2022年8月号、現在「たくさんのふしぎ傑作集」として発売中)、『いろいろ色のはじまり』(2023年10月号)に続き3作目。


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2024年6月3日月曜日

7月号『風が描く絵 鳥取砂丘』作者のことば

ふるさとに目を向けて 

水本俊也

  ぼくは4歳から高校を卒業するまでの15年間を、鳥取で過ごしました。進学を機に、故郷である鳥取を離れました。在学中の中国留学を経て、日本国内やアジアの国々を旅するようになりました。1999年4月、世界中を巡るクルーズ客船専属のカメラマンになり、3年後に独立。写真家としてのキャリアをスタートしました。これまで南極や北極圏、ツバルなど僻地を含めた100を超える国や地域を訪れてきました。2011年3月に発生した東日本大震災が転機となって、世界の中の日本、日本の中の鳥取に目が向くようになり、鳥取での撮影やプログラム開催、アート事業への取り組みを重ねてきました。中国地方最高峰の大山など、山や海に囲まれた大自然、里山に暮らす人々、空高く、空気の澄む鳥取の何気ない日常をこれまで以上に愛おしく感じるようになりました。その中で、幼い頃によく行った鳥取砂丘に強い関心を抱くようになりました。 

 鳥取砂丘は、訪れるたびにいろいろな絵を見せてくれます。まだらもようにしまもよう、海底を彷彿とさせるなみもよう。流れる風に加えて、太陽が砂の陰影を映し出し、複雑な幾何学もようをつくり出します。朝昼夜で異なる自然美となって目の前にあらわれます。まるで砂には見えないもようもあり、ある写真(14ページ上)では縞鋼板のように見えます。これは二方向からの風でつくられた風紋が合わさったものだということです。同じページの下の写真は木目にそっくりです。これは砂丘にたまった砂の構造が反映したものだそうです。

 ぼくは子どもたち一人一人にカメラを持ってもらい、鳥取砂丘を自由に撮影してもらう写真プログラムを開催しています。砂しかない砂丘でも、参加者の子どもたちは鳥取砂丘をいろいろな角度から撮影してくれます。鳥取砂丘を訪れた人の数だけ、発見があることでしょう。みなさんもいつか、自分だけの絵を探しに鳥取砂丘を訪れてくれたら嬉しいです。 




■ 水本俊也(みずもと しゅんや)文・写真
写真家。鳥取県八頭町出身、神奈川県横浜市在住。公益社団法人日本写真家協会会員。長年、全国の小中学校や高校にて写真講師を務め、教育事業に携わる。近年は和紙と写真をかけ合わせた作品制作を行い、アートコーディネーターとしての一面もあわせ持つ。2013年からは「小鳥の家族」という鳥取砂丘をはじめとした自然の中で家族写真を撮影するプログラムを開始。家族の肖像を和紙作品で発表するとともに、砂の上に敷いたマットの上で寝袋に包まり、鳥取砂丘で星空を眺めながら夜を過ごし、朝を迎えるというイベントを毎夏開催している。

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2024年5月2日木曜日

6月号『ウンム・アーザルのキッチン』作者のことば

 「ふつうの人の暮らしからみえてくる中東」

                         菅瀬晶子


市民講座などで中東、あるいは西アジアという地域について話す機会がありますが、そのたびに、いかに多くの人びとがこの地域に紛争というイメージを持っているのか、痛感させられます。実際、ニュースで取り上げられる中東の話題は、紛争の話ばかり。昨年(2023年)107日、ガザ地区のイスラーム主義政党ハマースの軍事部門がイスラエル側に侵入し、開催中だった音楽祭から人質を連れ去った事件は、イスラエル軍による苛烈なガザ侵攻を引き起こしました。この原稿を書いている20241月の今も、停戦の兆しが見えません。この本の主人公であるウンム・アーザルとは、半月に一度くらいのペースで連絡を取り合っていますが、「いつ終わるかわからない。(遠くの村に住んでいる次女の)ディアーナとは、もう三か月も会えていない。あなたにも会いたいけれど、もうしばらく辛抱するしかないわね。いつもと同じように」と、苦笑交じりに言われました。それほどパレスチナやイスラエルの人びとは、度重なる紛争の中を生き抜いてきたのです。

 ガザにも、イスラエル側にも、そこには当然私たちと同じような人びとの暮らしが存在します。わたしの専門である文化人類学とは、聞き取り調査で集めた身近で小さな事例を積み重ねて、人のいとなみの仕組みについて考える学問です。しかし、コロナ禍に加えてわたし自身ががんを患ったことで、この5年間パレスチナやイスラエルの友人たちとは会えずにいます。次の渡航の機会を待つ間、手元に集めた友人たちの物語を編みなおすことで、紛争だけではない中東の姿を提示したい。その思いがかたちになったのが、この本です。

 とはいっても、本文中でもすこし述べたように、パレスチナとイスラエルに住む人びとの生活には、やはり常に紛争が影を落としています。ウンム・アーザルの場合、ユダヤ人の国であるイスラエルでアラブ人として、キリスト教徒として生きてきたことで、苦労を重ねてきました。もし彼女がユダヤ人であったならば、14歳で学校を辞めて出稼ぎに出ることはなかったでしょう。不幸な結婚生活も、もっと違うものになった可能性もあります。また、アラブ人社会の中心はムスリム(イスラーム教徒)なので、少数派のキリスト教徒の意見はあまり表面にあらわれてきません。ウンム・アーザルの置かれた状況は、日本の場合在日コリアンなど在日外国人の置かれた状況に通じます。完全に一緒ではありませんが、「少数派」と位置づけられる人びとの抱えるストレスや、だからこそ誇りを持って生きるさまは、よく似ていると私は感じています。そのほかに、イスラエルの中でも特殊な、ユダヤ人とアラブ人が唯一共存できているハイファという街で暮らせたことが、彼女の救いにもなっているのでしょう。本書には登場しませんが、彼女にはユダヤ人の友人も何人もいます。

 その後のウンム・アーザルについて、最後に記しておきましょう。この本の内容は、2000年代から2010年代中盤にわたしが彼女の家で遭遇した出来事に基づいていますが、2017年にバス停で転んで怪我をしたため、彼女は修道院での仕事をやめました。その後すぐに夫が亡くなり、ひとり暮らしになりましたが、元気で暮らしています。仲よしのリディアや、子どもや孫たちがいつも様子を見に来てくれるから、さみしくはないと彼女は言います。ラナはもう二人の子どものお母さんです。ブドウの葉包みも、じょうずに作れるようになりました。サミールはロシアによる侵攻の前年にウクライナの大学を卒業して帰国し、今はハイファ市内の病院で働いています。

 「ずっと働きづめの人生だったけれど、私は満足してるの。子どもたちも、孫たちも立派に育ってくれている。私がこの手で育てたのよ。料理の腕だけでね」。たくましい彼女の物語から、紛争地と呼ばれる場所で生きる人びとに思いを馳せていただければ、さいわいです。
裏表紙に描かれているオリーブの古木。
オリーブは平和の象徴です。


■ 菅瀬晶子 文(すがせ あきこ)

1971年、東京都新宿区出身。東京外国語大学を経て、総合研究大学院大学博士後期課程修了。2011年より、国立民族学博物館に所属。1993年以来、パレスチナ・イスラエルに関わりつづけ、おもにキリスト教徒コミュニティの文化や、彼らがイスラーム教徒と共有する聖者崇敬について研究している。著書に『イスラエルのアラブ人キリスト教徒』(渓水社)、『イスラームを知る6 新月の夜も十字架は輝くー中東のキリスト教徒』(山川出版社)などがある。


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2024年4月10日水曜日

虫を楽しむ         

藤丸篤夫


 チョッキリ……一般的にはあまりなじみのない名前かもしりません。たいていはオトシブミとチョッキリとして取り上げられることが多く、分類としてもオトシブミ科のオトシブミ亜科・チョッキリ亜科とされています。本などでもオトシブミがメインでそれにプラス・チョッキリという扱いが多いように思います。

 今回はそのプラスのチョッキリだけをとりあげて、一部だけではありますがその生態を紹介することとしました。

 チョッキリの面白さは……と聞かれたらハマキチョッキリに代表される姿の美しさと、産卵時における行動の多様性と答えますが、本当は見ていて楽しいからです。

 1センチにも満たない小さな虫が、たくさんの時間をかけて自分よりはるかに大きな葉を切ったり噛んだり、折ったり、ねじったり、行ったり来たりを繰り返しながら幼虫のための巻物(揺籃)を作り上げていく様子は、驚きでありふしぎであり、感動であり。最後は、よくできましたご苦労さんと、声をかけたくなることもあります。

 春は寒い冬を乗り越えた多くの生き物たちが深い眠りから目覚め、活力があふれ出す季節です。私にとっては自然を楽しみ虫を楽しむ季節の始まり。楽しむことは知ることにもつながります。

 柔らかな緑に包まれた野山に出かけてチョッキリやオトシブミたちと出会い、楽しんでみようと思った方が少しでもいてくれたら幸いです。

 最後になりましたが、オトシブミ・チョッキリの研究者である櫻井一彦さん。ずいぶん前のことになりますが、櫻井さんとは共著でオトシブミの本を作ったことがあります。今回は共著ではありませんが、櫻井さんの協力とアドバイスがなければ作れなかった本です。感謝申し上げます。



藤丸篤夫

1953年、東京生まれ。育英工業高等専門学校卒業後、子どものころからの昆虫好きが高じて昆虫を中心とした写真を撮るようになり、コンテスト入賞をきっかけに本格的にその道にすすむようになる。著書に『ハチハンドブック』(文一総合出版刊)、『どんぐりむし』『カラスウリ』(そうえん社刊)、『せんせい! これなあに? いもむし・けむし 』(偕成社刊)、『虫の飼いかたさがしかた』(福音館書店刊)など、「たくさんのふしぎ」には『ハチという虫』などがある。


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2024年3月7日木曜日

 ご飯を炊くということ         

森枝卓士


 1955年に九州の田舎で生まれました。この本で紹介したカマドで炊くご飯、ぎりぎりで覚えています。祖母が薪をくべて、炊いていた光景をうっすらと覚えていて、お焦げのご飯を食べた記憶がある、そんな世代です。

 気がつけば、電気釜になり(そう、電気釜と呼んでいました。いつから、炊飯器と呼ぶようになったのだろう……)、いろいろと使ってきて、気がつけば米のブランドで炊き方が変わるようなものが出来ていたり。やっぱり、こっちが美味しいかと土鍋で炊くのが流行ったり。我が家だけでなく、色々と変遷があったように思います。

「ご飯を炊く」という、私たちの暮らしの中で、基本の基本のようなことが、たかだか数十年で劇的に変わったということです。

 そして、それは日本だけではありませんでした。今回、主にご紹介したタイでも、事情は同じでした。1980年前後にタイに住んでいたのですが、当時は屋台の料理人が、道端で、本の中で紹介した「湯取り法」で炊いているのを見たものでした。そして、なるほど、こういう炊き方もあるのか、いや、アジアではこちらが主流なのかと知ったのでした。気がつけば、どこでも炊飯器がほとんどということになりましたけれど。

 改めてあちこちの国々で買い集めた料理本を見返しても、「ご飯を炊く」ということは、あまりにも当たり前なのか、ほとんど載っていません。なので、「ご飯を炊く」という、当たり前といえば当たり前、料理の基本の基本を改めてちゃんと考えてみたいと思い、出来上がったのがこの本です。

 きっと、読者の皆さんも「作ってみたい」「試してみたい」と思ってくれるはずです。そう願って作りました。

 どうぞ、大人も一緒にいろいろとチャレンジしてみてください。どう炊いたが美味しいか、何を合わせたが美味しいか。一番身近な科学の実験、一番身近な食文化を楽しんで欲しいです。そして、食べるということを、考えて欲しいのです。

 読者の皆さんが料理好きになってくれるだけで、著者の想いは満たされます。

 そうそう。中尾佐助『料理の起源』によれば、昔の日本にも湯取り法に近い調理法もあれば、もち米を蒸したものが主食という時代もあったようです。料理は、食文化は、変化を続けているということでしょう。

 さて、次の世代はどう変える?



森枝卓士

1955年、生まれ育った熊本県水俣市でアメリカの写真家、ユージン・スミスと出会い、報道写真の道を志す。国際基督教大学卒。カンボジアの内戦の取材を経て、食文化を主な取材対象とする。著書に、『食べもの記』、『手で食べる?』、『干したから……』、『線と管のない家(「たくさんのふしぎ」2020年3月号)』『人間は料理をする生きものだ』など。大正大学など多くの大学で、食文化、写真(取材、調査法)等を教えている。


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2024年2月6日火曜日

3月号『かっこいいピンクをさがしに』作者のことば

ゆらゆらピンクへの想い

なかむらるみ 

 この本の構想は、10年ほど前からありました。すこしずつ、すこしずつ、取材をすすめようやく完成しました。
 ピンクへの想いは幼少期にさかのぼります。本編にも登場した「ももいろのきりん」を段ボールで作った思い出。お気に入りだったキキララちゃんのタオルケット。アニメキャラが描かれたピンクのビニルの靴を買ってもらえなかったこと。好きな子にあげたバレンタインのお返しのハンカチが大人っぽいピンクの花柄でうっとりしたこと。ピンクってダサいなと思っていた時代。イラストレーターの仕事を始めて、画面をピンクで塗ったときのパッっと画面が明るくなる瞬間。ピンクを軸にすると、思い出すことがたくさんあって、不思議な色だなと思っていました。  
 10年経つうちに、わたしには娘が生まれました。ピンクばかり選ぶ3歳の娘に「またピンクー?」と、おもわず嫌そうな顔をしてしまい、自分の母親がピンクの靴を買ってくれなかった複雑な気持ちもすこしわかりました。ピンクは、女の子の色だとかジェンダーの問題に引き合いにだされることが多いけれど、ただただ魅力的な色なんだと伝える絵本が作りたいと思っていました。しかし、自分こそがピンクの一側面にとらわれているのではないかなと考えさせられました。絵本の制作が進んで、ピンクへの理解も深まったころ、娘は6歳でピンクは赤ちゃんの色と言いだし、薄紫好きになっていました。
 ピンクが好きと思ったり、嫌いと思ったり、そんなゆれ動く気持ち、みなさんのなかにもありますか? そのゆれ動く気持ちにわたしは惹かれていたのかもしれません。すなおに感じる自分のきもちをだいじにしたいなとおもいます。もしそういう気持ちがみなさんのなかにもあったら、ぜひだいじにしてあげてください。  
 この本は、多くの方に聞いて教えてもらってできあがりました。載せきれなかったたくさんのご協力をいただいたみなさま、本当にありがとうございました。



丸善丸の内本店さんにて
『かっこいいピンクをさがしに』刊行記念のミニ展示を実施中
児童書売り場を出た踊り場のショーケースにて。2月いっぱい🌸
ぜひおでかけください!





なかむらるみ 
1980年生まれ。東京都新宿区在住。イラストレーター。一児の母。武蔵野美術大学造形学部、デザイン情報学科卒業。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。イラストを担当した本は『おじさん酒場』(亜紀書房)『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)など。普段は雑誌、書籍などを中心にイラストを描いている。街ゆく人を眺めること、みんなが気づいてなさそうなものを探すこと、が好きです。https://lit.link/tsumamu 


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2024年1月11日木曜日

藤原辰史さんの選書*藤原さんが中学高校生時代に読んでおけばよかったと思う10冊*

 *藤原さんが中学高校生時代に読んでおけばよかったと思う10冊*


石牟礼道子『あやとりの記』(福音館書店)

このみずみずしい感性は子どもこそ深く届くかもしれない。子どもたちの世界、水俣。


ブレイディみかこ『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)

読んだあと、自分のものの見方の甘さを認識して、呆然とした。衝撃の作品。 


船戸与一『虹の谷の五月』(集英社)

船戸冒険譚は、いつも読む楽しさと、世界の残酷さを同時に教えてくれる。


真藤順丈『宝島』(講談社)

胸が張り裂けそうになって物語を読み終えると、沖縄の本をもっと読みたくなる。


京極夏彦『絡新婦の理』(講談社)

京極レンガ本はどれも睡眠を大量に奪う。犯人は文字通り衝撃だった。


島田荘司『奇想、天を動かす』(光文社)

ミステリーにハマったのはここから。犯人の哀しさにひたすら震える。


堀川惠子『永山則夫』(講談社)

連続殺人犯の心の奥底に、そのたどった経路に、日本近代の闇がはっきりと刻まれている。 


津村記久子『水車小屋のネネ』(毎日新聞出版)

こんな素敵な大人たちがいるんだ日本には、と思う。身寄りのない姉妹の、家庭内暴力からの逃避行の末に。


木村元彦『オシムの言葉』(集英社)

オシム。久しぶりに大人のロールモデルに出会った気がする。ユーゴの悲劇の中、本物の知性。


エリック・シュローサー『核は暴走する 上下』(河出書房新社)

震撼する。核兵器はあるだけで既にこんなにも危険だったのだ。


藤原辰史(ふじはら たつし)

1976年生まれ。京都大学人文科学研究所准教授。研究テーマは、食と農の現代史。主な著作に『ナチスのキッチン』(共和国、河合隼雄学芸賞)、『給食の歴史』(岩波新書、辻静雄食文化賞)、『トラクターの世界史』(中公新書)、『分解の哲学』(青土社、サントリー学芸賞)、『縁食論』(ミシマ社)、『農の原理の史的研究』(創元社)、『歴史の屑拾い』(講談社)、『植物考』(生きのびるブックス)など。


藤原辰史さんの選書*『食べる』(2024年1月号)を深く理解するための12冊*

 *『食べる』(2024年1月号)を深く理解するための12冊*

 

レイチェル・ローダン『料理と帝国』(みすず書房)

食文化を軸にして、世界史を学び直したい人にぜひ。

 

フェリペ・フェルナンデス=アルメスト『食べる人類誌』(早川書房)
食べものと支配の関係を考えるのにとても役立つ、食の歴史概論。

 

ロブ・ダン『家は生態系』(白揚社)

 一人で生きられるって思うなよ、人間たち!


エリック・シュローサー『ファストフードが世界を食いつくす』(草思社)

 ファストフードの大量生産のために犠牲にされているものについて。


湯澤規子『胃袋の近代』(名古屋大学出版会)

リッチではない人びとの食事のにぎやかさについての史的考察。


角山栄『茶の世界史』(中央公論新社)

フードヒストリーの古典。アッサムやダージリンの意味をこれで知る。


川北稔『砂糖の世界史』(岩波書店)

奴隷貿易の歴史は、西欧人の砂糖への欲望と切り離せない。


ポール・ロバーツ『食の終焉』(ダイヤモンド社)

この本に衝撃を受けなければ、フードシステムの闇を学ぼうとは思わなかった。


中原 一歩『寄せ場のグルメ』(潮出版社)

これぞ、食のルポルタージュ。ど迫力にノックアウト。


阿古真理『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』(新潮社)

料理研究家の活躍の背景にある時代を読む。

マーティン・J・ブレイザー『失われゆく、われわれの内なる細菌』(みすず書房)

抗生物質の問題点について、ピロリ菌の研究者が語る。


ピーター・チャップマン『バナナのグローバルヒストリー』(ミネルヴァ書房)
 暴力にまみれたバナナの歴史を学べ。 


藤原辰史(ふじはら たつし)

1976年生まれ。京都大学人文科学研究所准教授。研究テーマは、食と農の現代史。主な著作に『ナチスのキッチン』(共和国、河合隼雄学芸賞)、『給食の歴史』(岩波新書、辻静雄食文化賞)、『トラクターの世界史』(中公新書)、『分解の哲学』(青土社、サントリー学芸賞)、『縁食論』(ミシマ社)、『農の原理の史的研究』(創元社)、『歴史の屑拾い』(講談社)、『植物考』(生きのびるブックス)など。

2024年1月10日水曜日

2月号『まど・窓・まど』作者のことば

窓にこめられた思い                

深井聰男

 20年以上も前のことです。中国・北京にあった、伝統的な四合院つくりの住宅を見にいきました。まわりを建物に囲まれた閉鎖的な中庭に入ったとき、漢字の「窓」という字を思いだしました。窓の字の上の穴かんむりは、この中庭の上にあいた空を表しているのではないかと。 
 日本では、窓は柱と柱の間の空間といわれています。伝統的な家を見ると、その通りです。この空間を「まど」と呼び、中国からきた寺院の壁の穴を指す「窗」や「窻」の文字をあてはめたのでしょう。文字の穴かんむりは住宅の中庭の上、ヤオトンの中庭の上の穴が想像できます。その下のはまどの枠と中の桟を表しています。下の「心」は、あとで付け加えられたそうですが、心臓の形からつくられた字で、気持ちとか中心という意味があります。日本の柱と柱の間の空間を示す「まど」とは、穴かんむりにしても、まど枠や桟にしても、空間以外に共通する部分がない漢字です。千年以上も使われてきて、1946年に簡略化されて「窓」という字に変わりました。
 窓と同じように、部屋の一部である「戸」も中国からきた漢字ですが、片開きの戸の形そのままです。「柱」の漢字もまっすぐに立つ木を表すだけ。「窻」の漢字だけに、建具を表す字の下に、無関係の心の字がつけられています。それは、暗い部屋から中庭に出たときのさわやかさとか、新鮮な風を受けたときの心地よさ、まどから眺める日常の安心感、まどを見上げたときの好奇心といった心の動きを示しているのでしょう。建具の形を表す「窗」に、人の気持ちを示す心をあとから付け加えた。中国の人々の、まどを愛する特別の感情が秘められている気がします。
 世界の窓を見ると、それぞれに自分たちなりの思いが見つかります。イタリアの二重窓は、内窓は内開き、外窓は左右への外開きです。でもミラノで見た二重窓は、内窓は内開き、外窓は、石壁に埋め込んだ日本流の左右に開く引き戸でした。窓の左右の外壁に描かれたタイル画を隠さないための工夫です。「皆さん、見て下さい、この美しい装飾を」という呼びかけが静かに伝わってきました。
 デンマークでは、二重窓の外窓と内窓の間の空間を、好みのもので飾る習慣があります。置かれているのは、手作りの帆船の模型や毛糸の帽子、刺繍入りのマットなど。その家の個性を映す窓を見せて、人々を元気にしたいという、住む人たちの気持ちがよく表れています。
 日本でもこれからは、その人なりの思いが詰まった窓をたくさんつくって、町を楽しくしてほしいと思います。



深井聰男(ふかい あきお)

1944年、東京都生まれ。20代で北欧から中東、アジアを旅行し、ガイドブックを執筆。欧米の優れた制度や施設を日本に紹介している。著書に『アジアを歩く』(山と溪谷社)、『北欧』(実業之日本社)、『森はみんなの保育園』(たくさんのふしぎ/福音館書店)など。

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