2023年12月8日金曜日

1月号『食べる』作者のことば

「食べること」のさきに                

藤原辰史

 「毎日の食事? そんなに楽しくないなあ」。そう思う人にこそ読んでほしいという願いを込めて、絵本『食べる』の文章を書きました。なぜなら、小学生のときの私も、食べる量が少なく、好き嫌いが多くて、食べることがそんなに好きではなかったので、食べることに興味が湧かない人の気持ちがよくわかるからです。カレーライスやハンバーグのときはワクワクしたけれど、野菜や魚の煮物のときにはちょっと暗い気持ちになりました。給食でも、嫌いなメニューのときは気持ちがどんよりと落ち込んでいました。みんなと食べても、自分の食べ方をチェックされているようであまり楽しくありませんでした。

大人になったいま、野菜も魚も大好きになり、嫌いなものはほとんどありません。みんなと一緒に食べることがとてもすてきなことだということも理解するようになりました。だから、あの頃の不満顔の自分に、食べることの面白さや楽しさを伝えたいという気持ちもずっと持って、文章を書いていました。

もうひとつ考えていたのは、水や土が汚染され、山火事がふえ、水位が上がり続ける危機的な状況である「地球」と、みなさんの「食べること」がまっすぐにつながっていることをどう伝えるかということでした。高校生になると算数と理科を中心に勉強をするか(理系)、国語と社会を中心に勉強するかで(文系)、コースが変わります。私は、国語と理科が苦手で算数と社会が得意だったので、高校生のときとても悩みました。大学になるとさらにどんどんと勉強が専門的になります。

けれども、私は、どんなに大人になっても小学生のようにずっとすべての科目に関心を持ち続けることが、現在の問題を解決する近道だと信じている、専門家集団である大学ではちょっと珍しい研究者です。この絵本で、さまざまな分野から学んだことを総結集させて書いたのも、「これが本当の勉強だよ。じゃないと、いま壊れつつある地球を救えない」と、友だちだけではなく、おとなにも伝えてほしいからです。食べることは、地球の各地にすむ生きものたちと、それを育て、運んで、売ってくれたみなさんと一緒にあなたとがとりおこなう壮大なお祭りだという考えに行きついたのも、できるだけすべての教科をつなげて考えたからでした。

スケラッコさんの自由でパワフルな絵のおかげで、私がぼんやりと考えてきたことが、もっとはっきりと理解できるようになりました。この絵本は、世界の「食べる」ことを学ぶだけではなく、それを変えるためにも必要だと思っています。『食べる』をヒントにしながら、一緒に史上最大の問題に立ち向かいませんか。

 



藤原辰史(ふじはら たつし)

1976年生まれ。京都大学人文科学研究所准教授。研究テーマは、食と農の現代史。主な著作に『ナチスのキッチン』(共和国、河合隼雄学芸賞)、『給食の歴史』(岩波新書、辻静雄食文化賞)、『トラクターの世界史』(中公新書)、『分解の哲学』(青土社、サントリー学芸賞)、『縁食論』(ミシマ社)、『農の原理の史的研究』(創元社)、『歴史の屑拾い』(講談社)、『植物考』(生きのびるブックス)など。

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2023年11月13日月曜日

12月号『恐竜の復元』作者のことば

  化石から古生物を復元する         

犬塚則久


 何万年も何億年も前の古代生物のことを古生物といいます。化石とは古生物が残した体や糞、卵の殻、足跡、巣穴などです。三葉虫やアンモナイトなど体が硬い殻でおおわれている動物は、そのままの形が化石となります。いっぽう、恐竜やマンモスのようにたくさん骨のある大きい動物は、たいていバラバラの骨化石としてみつかります。ごくまれにほぼ全身の骨が関節した状態で見つかることがあっても、地層のなかに横たわっているので生きていた時の姿とは違います。

 そこで、生きていた時の姿をよみがえらせることを復元といいます。今生きている動物なら、バラバラの骨をもとの姿に組み立てるのは簡単です。しかし、大昔にほろびてしまった動物では、お手本になるもとの姿がわかりません。どうすれば正しく復元できるでしょうか。

 まずは骨格復元です。骨格とは複数の骨の集まりのことです。たとえばヒトの骨格は206個の骨からなります。恐竜はすべてほろびていますが、魚からけものまで骨のある動物は今でもたくさんいて、骨と骨のつながり方には一定のきまりがあります。個々の骨と骨格との関係からきまりを見つけて、それをもとに骨を組み立てるのです。

 ただケン竜の背中の板のように、今の動物にない骨だとむずかしくなります。ツノ竜は100年も前から見つかっていましたが、前足の形や頭の向きがはっきりしたのはつい最近のことです。

 次は肉と皮ふのついた姿の復元です。肉や皮ふは化石に残らないので、骨格復元よりたいへんです。肉のつき方は最も近い親戚のワニを参考にします。皮ふや目や耳など、ワニの種類によって違いの大きいものはほとんどわかりません。哺乳類はたいていまわりの景色にとけ込んだ保護色をしています。ただし個々の種類の柄はまちまちです。今の爬虫類や鳥には派手な色がたくさんみられるので、個々の恐竜の色やもようについては全く手がかりがないといえます。

 最後は暮らしの復元です。どんな所にすんで、どういう歩き方をし、何を食べていたのか、ということです。色々な化石のうち、体以外のものは生活のあとを示すので、生痕(せいこん)化石といいます。まわりの環境は、地質学と顕微鏡で見られる細かい化石から推定します。恐竜の歩き方は、体の大きさと解剖学、足跡の化石と振り子の物理学、今の動物の歩き方を組みあわせて考えます。食べ物は同じ時代の植物化石と、歯やあごの形や体つき,それに糞の化石をもとに推定します。ただし、生痕化石はどの恐竜のものかの見きわめがたいへんです。




犬塚則久

理学部で動物化石を学び、医学部で解剖学を教える。化石の骨格復元で理学博士。古脊椎動物研究所の代表。骨の化石の形を今の動物と比べたり、働きを考えたりしながら、生きていた時の姿を復元しようとしている。著書に『しっぽがない!』(「たくさんのふしぎ傑作集 福音館書店)、『恐竜の骨をよむ』『退化の進化学』(講談社)、『恐竜復元』(岩波書店)など。


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2023年10月6日金曜日

11月号『ロンドンに建ったガラスの宮殿 最初の万国博覧会』作者のことば

 男性がつくった? 世界初の万国博覧会         

村上リコ


 この本は、世界で最初の万国博覧会がひらかれたときのいきさつを、できるだけわかりやすく伝えるために、登場人物やエピソードをぐっとしぼりこんで書きました。

 少しずつ、少しずつ、何度も手直ししながら作っていきましたが、途中で気づいてしまったのです。「あれ? この本、女の人がほとんど出てこない……?」。名前が出てくるのはヴィクトリア女王とパクストンの娘のアニーの二人。私は歴史のなかの女性の人生を知るのが好きなので、少し残念でしたが、仕方のないことでもあります。

 19世紀、イギリス社会の多くの場面で、女性は男性と同等の権利がありませんでした。建築家や庭師はほとんど男性でした。女性は公的な会議でスピーチなどするものではないと誰もが思い込んでいたので、アルバートが総裁をつとめた「王立委員会」にも「建築委員会」にも女性メンバーはいませんでした。水晶宮が作られたとき、彼女たちはどこで何をしていたのでしょう?

 もちろん多くの女性が、前代未聞の一大イベントの行方に興味津々でした。パクストンの妻のサラは、夫の仕事の共同経営者のような存在で、彼がいそがしく各地を飛びまわるあいだ、公爵邸の状況を手紙で知らせ、雇っている職人に指示を出し、給料の支払いもしていました。パクストンが水晶宮の建物を最初に思いついたとき、インクの吸い取り紙に書き留めたスケッチは、サラが大事にとっておいたおかげでロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館に所蔵されています。

 ヴィクトリア女王は、アルバートのように直接かかわることはありませんでしたが、「女王は万博の開催に賛成している」という態度を示すことで、味方を増やしました。女王づき女官のリーダーだったサザランド公爵夫人ハリエットは、自分と同じような貴族や大臣の妻たちといっしょに、万博を支援する「レディの委員会」を結成し、寄付金集めのパーティーを自宅でひらきました。当時の女性は、自分の意見をひろめるために、このようにプライベートな人づきあいを使いました。

 今の日本では、公的な場で意見を発表することは性に関係なくできます。……と、いうことになっています。いいにくい場面は誰しも、まだまだあるかもしれませんが。これから先の万博は、誰が、どのように作るのでしょう。どんな内容がいいか、あるいは、もうやらないほうがいいのか。注意して見守っていきたいと思っています。


サザランド公爵夫人が「レディの委員会」を結成した時の様子。
「絵入りロンドンニュース」1850年3月9日号より



村上リコ

千葉県出身、文筆・翻訳家。東京外国語大学卒業。19世紀から20世紀にかけてのイギリスの日常生活を調べて書くことを専門にしている。主な著書に『図説 英国メイドの日常』『図説 英国執事』(河出書房新社)など。翻訳書にアニー・グレイ、アンドリュー・ハン『ミセス・クロウコムに学ぶ ヴィクトリア朝クッキング』(ホビージャパン)など。『英國戀物語エマ』『黒執事』ほか、アニメやマンガの考証アドバイザーも務める。


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2023年9月11日月曜日

10月号『いろいろ色のはじまり』作者のことば

忘れられた色をつくる 

田中陵二


 人間は色が大好きです。文字を考え出すずっと前から、石から色をとり出し、洞窟の壁画などをぬっていました。そのうち、人間の色に対する思いはどんどん深くなり、性能が高く美しい色をもっと自由につかいたくなり、色のもとになる石や草花を調べて、色のからくりを探っていきました。これが今の「化学」のはじまりです。そこで私も、庭で古い色をひとつずつ、昔のやり方で作ってみることにしました。

 実際にやってみると、予想よりずっと難しいことがわかりました。例えばプルシアンブルーでは、牛の血をやいたものにローハを混ぜるとできると本にはあるのです。でも、このとおりにガラスの試験管で焼いてやってみても青くなりません。これは、明治時代の本を読んで、やっと原因がわかりました。鉄のかまをつかっていて、このかまがすり減って、プルシアンブルーの鉄分になっていたのです。そこで、鉄さびを加えたら、やっときれいな青になりました。

 朱を探すのは、もっとこわい問題がありました。北海道の道の無い山に入るのですが、新しい大きな親子のヒグマの足跡がそばにいていて、すぐそばにヒグマがすんでいるのは明らかです。子連れクマにあったら大けがどころではすみません。笛をふいて石を叩きながら、クマが来ないよう祈りながら朱をやっと見つけました。



化学者の田中さん。研究所にて新しい色素や物質の研究、
開発をしています。これは田中さんがつくっている新しい色素


一枚絵付録「幻の色ポスター」全64色に掲載した色たちの一部。
田中さんが一色一色、鉱物や植物などの原材料をもとめ、
色を再現し、パネルに塗ったり、布を染めた。
下段中央は、エジプトのミイラからつくられた色「マミーブラウン」
 

 植物染料の古いレシピはうまくできていて、その大部分は化学反応なのがわかりました。藍を溶かして布を染めるのも、ベニバナの花の色をもらうのも。でも、そんな化学のからくりは昔の人は知りませんから、試行錯誤して見つけたのでしょう。どういう方法で見つけたのかはわかりませんが、うまくやったなぁ、と感じます。

 私は化学者です。毎日、フラスコの中で薬品を反応させて、今まで誰も作ったことのない物質や色素を作っています。そんなときに、昔の人がどう苦労したのか、どうやって多くの知識をためていったのかを思います。科学はつみかさね。古いたくさんの経験や知識の上に、今の科学ができあがっているのです。


 

田中陵二

1973年、群馬県生まれ。(公益財団法人)相模中央化学研究所主任研究員。東海大学理学部化学科客員教授。群馬大学大学院工学研究科博士後期課程修了。科学技術振興機構研究員などを経て現職。専門は有機・無機ケイ素化学、結晶学および鉱物学。マクロ科学写真の撮影もおこなう。共著に『よくわかる元素図鑑』(PHP研究所)、『超拡大で虫と植物と鉱物を撮る』(文一総合出版)、監修に『GEMS  美しき宝石と鉱物の世界』(東京書籍株式会社)などがある。2013年より月刊誌『現代化学』(東京化学同人)にて「結晶美術館」を連載中。たくさんのふしぎは、『石は元素の案内人』(昨年8月号・品切れ)に続き2作目。




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2023年8月14日月曜日

9月号『「植物」をやめた植物たち』作者のことば

 光合成をやめた植物とフィールドワークの魅力 

末次健司



 

 私は物心ついた時から生き物が好きでした。図鑑では生き物の名前はカタカナで書かれているため、平仮名よりも先にカタカナを覚えたほどです。光合成をやめた植物との出会いは、小学校低学年の時で、真っ白な「ギンリョウソウ」を初めて見た時に、幼心に「不思議な植物がいるなあ」と感じたことを覚えています。


その後、大学入学後に光合成をやめた植物を研究対象として意識するようになりました。植物にとって光合成は根源的な特徴であり、光合成をやめることによって、菌類や花粉を運ぶ昆虫との関係が普通の植物とは異なるものになります。私はそれに面白さを感じ、「植物だけではなく、キノコも昆虫も研究できるなんて、生き物好きの自分にぴったりだ」と思いました。もちろん、光合成をやめた植物の研究には大変な部分もあります。光合成をやめた植物は葉をつける必要がないため、わずかな期間しか地上に姿を現さないばかりか、全長で数mmしかないものも珍しくありません。そのため調査では苦労が絶えませんが、光合成をやめた植物の不思議を徐々に明らかにすることができています。特に、光合成をやめた植物に目を向けるきっかけとなった「ギンリョウソウ」の新種「キリシマギンリョウソウ」(p.1)を発見できたことは印象深い成果です。ギンリョウソウは世界で1種しか確認されていなかったため、どのくらい違っていれば新種といえるかの判断が難しく、様々な証拠を集めて20年かけて論文を発表することができました。今後も地道にコツコツと研究を続けることで、植物がどのようにして「光合成をやめる」という究極の選択を成し遂げたのかを明らかにしたいと考えています。


私は、野外で生き物の不思議を解明する「フィールドワーク」という活動を重視しています。「フィールドワーク」は、自分の目で観察するというローテクな研究手法ですが、それだけで世界的な発見ができる点が魅力です。日本に生えている植物には、光合成をやめた植物のような特殊なものを除くと、ほぼすべてに名前が付いています。一方で道端や公園に生えている「雑草」であってもその形や匂いにどのような意味があるのかまではよくわかっていません。このため身近な生き物であっても、じっくりと観察すれば、世界中の誰も知らなかった不思議を解き明かすハードルはそれほど高くないのです。ぜひ皆さんも時間をかけて、興味を持った動植物を観察してみてください。どんな生き物でもじっくり観察したら必ず面白い発見があるはずです。

 



 

 

 

 

末次健司


1987年、奈良県生まれ。2010年京都大学農学部卒業。2022年から神戸大学理学部教授。専門は進化生態学。光合成をやめた植物の生態を研究し、「キリシマギンリョウソウ」や妖精のランプと呼ばれる「コウベタヌキノショクダイ」など多くの新種を発見。さらに自然界の不思議を明らかにすることをモットーとし、多様な動植物に関する研究も展開。例えば、ナナフシが鳥に食べられても、なお子孫を分散できることを示唆した研究は、驚きをもって迎えられた。




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2023年7月3日月曜日

8月号『犬といっしょにイカダ旅』作者のことば

犬とともに

佐藤秀明

 


 私がはじめて野田知佑さんに出会ったのは、もう50年以上前になります。その頃の野田さんはまだ20代の若者で、当時から彼は生き物を飼うのが好きでした。彼の家に行くと、外に使わなくなった風呂桶が置いてあり、その中で川で釣った魚を飼っていました。

 その後千葉県の亀山湖畔に住むようになると、彼は二羽のアヒルを飼い始めました。仕事で家を空けるときは、私がアヒルを預かったりもしました。電車に乗って私の家に来るとき、小さなアヒルの入ったカゴを足元に置いて座席に座ると、前の席に座った人たちが興味深そうに見つめるので、カゴからアヒルを出してあげたことがあったそうです。電車の中を走り回るアヒルに乗客は大喜びだったと、野田さんは嬉しそうに話していました。

 アヒルが大きくなった頃に飼ったのはビーグル犬でした。「ネコ」と名づけられたその犬は、野田さんのことが大好きでしたが、野田さんがカナダの川下りに出かけた後、預けた近所の家から家出したまま行方不明になってしまいました。心を痛めた野田さんは、それ以後、外国へ行くときでも犬を連れて行こうと決心します。

 つぎにやってきた犬は、小さな茶色の可愛らしい子犬、ガクでした。そのころ、週末ごとに釣ざおを持って遊びに来る岳という少年がいました。野田さんはその少年をとても気に入っていたので、子犬に少年と同じガクという名前をつけたのです。ガクが大きくなると、ユーコン川のカヌー旅に連れていきました(本誌1ページの写真)。私もその旅の後半だけ同行しました。私と合流するまでの一か月半の間、ガクは野田さんのことを独り占めにし、野田さんもガクが動物であるということを忘れて、まるで人間に接するような気持ちで旅をしたそうです。突然現れた私にガクはヤキモチを焼いたのか、カヌーを繋ぎとめておく舫綱が噛み切られたこともありました。

 元気の良いガクは野田さんを心配させることもよくあり、森の中でヤマアラシに噛みついて口のまわりを棘だらけにして帰ってきたり、森から一週間も帰ってこないこともありました。そんなガクも歳をとり、ガクの子どものタロウやテツに囲まれた賑やかな暮らしが続きますが、野田さんにはやり残したことがありました。それは、イカダでユーコン川を下ることだったのです。旅の友は友人に勧められて飼った、とても人の言うことを聞く牧羊犬ボーダーコリーのアレックスと甘えん坊のハナでした。

 この本では、そのときの旅のことを書きました。野田さんはこの旅のとき75歳でした。

 野田さんは昨年、亡くなりました。川の魅力や、川遊びの楽しさを、著書や自身が校長をつとめた学校(徳島県吉野川の「川の学校」)などを通してたくさんの人に伝え続けた生涯でした。今は天国から、全国の川好きの子どもたちを見守っていることでしょう。









佐藤秀明(さとう ひであき)

1943年新潟県生まれ。日本大学芸術学部卒業。フリー写真家。日本写真家協会会員。1967年ニューヨークへの旅を振り出しに世界や日本を旅し、雑誌やグラフ誌を中心に作品を発表。現在は日本各地の雨を取材中。主な写真集に、『ガクの冒険』(本の雑誌社)、『地球極限の町』(情報センター出版局)、『海まで100マイル』(片岡義男と共著 晶文社)、『ユーコン』(スイッチパブリッシング)など多数。たくさんのふしぎでは、『山里でくらす』(20215月号)がある。



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2023年6月6日火曜日

 

6月号『光るきのこ』

作者のことば

きのこたちの役割 

宮武健仁


 山里を舞うホタルや、浜に青く光るホタルイカなどは、点滅することで暗い夜にひときわ目立ちますが、きのこは光ったり消えたりせず、目立たずにひっそりと光っています。でも光るきのこたちは、光っている数日間は、昼夜関係なしに光っています。ただ昼は、太陽の明るさに負けて緑色の光を感じる事はありません。周りを黒い布などでおおってやると光を確認できます。

 初めて八丈島で見た時は、多くの先生方と一緒だったので迷うことなく多くの種類を観察できましたが、その後に1人で森で探すようになると、明るい内に光るきのこを探して、光るはずだと暗くなるまで待っていても光らず、空振りになることが数え切れないほどありました。それだけに闇夜の森に浮かぶように光るきのこに出会えた時の感動はひとしおです。そのワクワクを求めて、腰に熊よけの鈴を鳴らしながら夜の森を歩いています。

 残念な事に日本の光るきのこたちは毒があったりして人間は食べられない種類です。だから食べるために「きのこ狩り」をする人たちには採られないので、観察するには都合が良いのかもしれません。

 昼の森を歩くと光らない様々なきのこもあり、立ち枯れた木や落ちた枝などから生えていて、大小のきのこが養分を分解しながら枯れた木を土に還して栄養の循環をしています。きのこは、カビやさまざまなばい菌の仲間の「菌類」です。「アンパンマン」の作者のやなせたかしさんが「役を終えた命を大地の栄養に返す大きな役割が菌類にはあり、もしバイキンマンやドキンちゃんたち菌類がいないと世界は死体だらけになるから、この世に無駄な存在は無くみんな地球の大切な仲間なんだよ。」とお話しされていた言葉に、きのこたちの役割を思い出します。

 ブナ林では倒れた大木のあとにブナの若葉が芽吹いて、次の世代にバトンタッチして森は保たれていくものです。しかしここ数年、四国の森では野生の鹿が増えすぎて様々な草木を食べ尽くし、ブナの苗木も育たず土砂崩れなども起こし、温暖化とあわせてブナ林の減少が心配されています。森はたくさんの雨を受け止め川を育み、水と山の養分を海に運んで循環させる豊かな自然の原点です。本来の様々な生き物たちがバランス良く暮らしていた日本の自然の循環のサイクルについて、私たち人間はどうかかわっていけば良いのか考えてみたいものです。



宮武健仁

1966年大阪生まれ。徳島育ち。紀伊半島に続き郷里の吉野川で水をテーマとして撮り歩く。2009年に桜島の噴火を見て以来、大地のマグマの「赤い火」と火山風景や、世界有数と言われる光る生き物たちが作り出す光景「地上の光」を求めて夜の撮影に特に注力中。地球の活動が生み出した特徴的な風景や、姿を変えつつ循環する命の水の姿を求め全国を旅する。最近の写真集に「生きている大地『桜島』」(パイインターナショナル)、『Shine-命の輝き』(青菁社)などがある。「たくさんのふしぎ」は『桜島の赤い火』(2013年1月号)、『川のホタル 森のホタル』(2015年6月号)に続き3作目。


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7月号『沈没船はタイムカプセル』作者のことば

 

沈没船の探しかた                

佐々木ランディ 

本文では沈没船から読み解く様々な歴史を紹介することに専念し、沈没船を調べることって面白い! と思ってもらえることを心掛けました。ここでは水中遺跡をどうやって見つけて調べるかについて紹介します。

海の中は、綺麗なところばかりではありません…遺跡のある場所の多くは、20センチ先も見えればよいほう。では、どうやって海の中を見るのか。「音」を使います。いわゆる音波(ソナー)です。やまびこの原理で、音を出して、その音が反射して戻ってくるまでの時間で障害物までの距離を測ります。遺跡を探すには、ソナー装置を船に取り付けて、映し出された海底面の状況を観察します。

ソナーを取り付けている著者

しかし通常のソナーでは、砂の下に埋まっているモノを見つけることはできません。海底面よりも下にあるモノを探すには、サブボトム・プロファイラという特殊な装置を使います。強い音波を海底面に向けて使うことで、海底面の下の堆積状況を見ることができます。例えば、中身のしっかり詰まったおいしいスイカを見分けるため、コンコンとスイカをたたいたことはありますか? 中が詰まっているか、スカスカなのか、音で判断できますね。それと同じ原理を利用しています。そのほかにも、磁気探査機や金属探知機を使って、砂の中に鉄や銅などの金属が埋まっているか探すこともできます。

ソナーで撮影された沈没船

提供:Klein Marine Systems, Inc. / (株)ハイドロシステム開発 - Klein 4K-SVY

考古学者って、最先端の技術を駆使していつも沈没船を探しているように思いますよね? でも、やみくもに海の中を調べるわけではありません。一つは、開発に伴う調査です。海外では、洋上風力発電など海洋開発工事で遺跡が壊されないよう、工事を行う前に海底面を調べることが義務となっています。これにより、数万件の遺跡が確認されています。また、漁師さんやダイバーさんなど、日ごろから海とかかわりのある人への聞き込み調査も行っています。魚の網に壺などがひっかかることが時々ありますが、沈没船が近くにある可能性があります。海で何かを拾ったら、報告してもらうことが歴史発見のカギとなります。

例えば、韓国の新安船。この遺跡は漁師が発見しています。漁師の弟が、兄の家を訪ねたところ、犬のエサのお皿が高級品であることにビックリ! お兄さんの話では、海で拾ったと。学校の教師だった弟は、沈没船があると思い地元の役場に連絡しました。そこから大発見が生まれました。ケーブゲラドニアやウルブルン沈没船も、似たように漁師さんによって見つかっています。実は、考古学者が発見した水中遺跡はほとんどありません。

水中遺跡があるかもしれない! そう考える人がたくさんいれば、それだけ水中遺跡発見の可能性が高まります。水中考古学者の仕事は、そのような人が見つけた遺跡に価値を与えること。多くの人に水中遺跡の存在を知って欲しいといつも思っています。それが、歴史を動かす大発見へとつながる最初の一歩となるからです。次の遺跡を発見するのはあなたかもしれません。 



■ 佐々木ランディ

1976年生まれ、神奈川県出身。高校卒業後、渡米し考古学を学ぶ。テキサスA&M大学大学院にて博士号(人類学部海事考古学)取得。帝京大学文化財研究所准教授、一般社団法人うみの考古学ラボ代表理事。主な著書に、『水中考古学:地球最後のフロンティア』(エクスナレッジ)、『沈没船が教える世界史』(メディアファクトリー新書)など。


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2023年4月3日月曜日

5月号『種から布をつくる』作者のことば

 布づくりのはじまり

白井仁

 

 布が大好きです。


 大事な人を守りたいという思いで作った布や、お祝いの時に幸せになってほしいと願い作った布など、気持ちのこもった布を見るとドキドキが止まりません。いつから布がこんなに好きだったのかなと考えてみました。

 子どもの時は相撲やサッカーなど外で遊ぶことが好きでした。ですのでその時は恥ずかしくて友達などには言えなかったのですが、実は裁縫も好きでした。縫うことで形になっていくことや、絵を描くように布にチクチク糸を縫っていくことが好きでした。裁縫箱に入っている布を切る大きなハサミ、糸を切る小さなハサミ、縫い糸や針など、これがあればなんでも作れるような気がしてわくわくしました。

 その延長で洋服が好きになっていったのですが、小学校、中学校とおしゃれをすることがなぜか恥ずかしく、毎日サッカーのジャージで過ごしていました。そのおしゃれに対するくすぶっていた思いがどんどん表に出ていったのが高校に入ってからでした。

 その後、自分で理想の洋服を作ってみたいという思いが強くなり、洋服作りが勉強できるデザインの専門学校に進みました。学校での洋服作りでは、まずは用途にあった布を探しにいきました。子どもの頃から裁縫が好きだったこともあり、この生地探しが本当に楽しく、理想の布に出会うために何軒も生地屋さんを回りました。生地屋さんだけでは物足りなくなり、着物を売っているところや海外の手織りの布が売っているところでも生地を買い、洋服を作るようになりました。そして興味は洋服を作ることより布に移っていきました。

 3年生になると、自分の興味のある分野の授業を選ぶことができ、僕は迷うことなく布作りの勉強ができるテキスタイル専攻を選びました。機織りにはこの授業で出会いました。まさか自分で布を作れると思っていなかったので夢中で勉強しました。楽しかったです。

 その後もっともっと機織りの勉強がしたいと思い、沖縄へ移住しました。沖縄を選んだ理由は、機織りが日常生活の中に特別なことではなく普通にあるように感じたからです。町の中に織機など道具を作る人がいて、皆が使える糸を張る場所があり、家では布を織っている風景にとても惹かれました。糸染めや基本の機織りの作業は本で勉強をして経験をつみ、絣などの専門の技術は沖縄県工芸指導所で学びました。ワタの栽培も沖縄で始め、今もそのタネを引き継いで育てています。

 機織りは、やればやるほどできることが本当に少しずつですが増えていきます。頭の中でこんな感じの布が作りたいと思ってもできなかったことが、経験を重ねることでできるようになった時は本当に感動します。手にふれていることで安心したり、身につけることで嬉しい気持ちになってもらえるような布をこれからも作り続けていきたいと思います。


著者が子どもの頃につくったフェルト生地のケース。
お母さんにプレゼントしたもの。





白井仁

1978年神奈川県横浜市生まれ。桑沢デザイン研究所研究科テキスタイル専攻卒業。染織家。

2000年より沖縄へ移住。沖縄県工芸指導所にて絣技術を学ぶ。沖縄本島に10年間住み、現在は千葉県流山市在住。2009年よりワタの栽培を始め、現在も種からはじめる布づくりを続けている。

 

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2023年2月10日金曜日

 

4月号『過去と未来とわたしたち』

作者のことば

100億年前から100億年後まで 

藤沢健太


 時間のことを真剣に考えると恐ろしくなる、と言った人がいました。遠い未来のことを考えると、いつか自分が死んでしまうことを考えないわけにはいきません。もっと遠い未来まで考えたら、地球上のわたしたちの世界もいつかほろびてしまうだろうと思えてきます。だから時間のことを真剣に考えると恐ろしくて、むなしい気持ちになる、というわけです。こういう気持ちをむずかしい言葉で虚無感(きょむかん)と言います。

 でもわたし
は科学者です。たしかに、自分が死んだら自分はいなくなってしまいますが、科学的に考えると、自分の体を作っている物質がすっかり消えてしまうのではないと知っています。では、わたしたちの体を作っている物質はどうなってしまうのでしょう。そのことをどんどん行けるところまで考えてみたのが、このお話の前半です。

 わたしは宇宙のことを研究する科学者、つまり天文学者です。100億光年という遠いところにある星のことを研究しているときに、ふと、わたしたちはその星の100億年前の姿を見ているということに気づきました。その光は100億年もかけて宇宙を飛んできているのです。ということは、わたしたちの太陽や地球や、地球の上に生きているわたしたちの姿も光に乗って100億年後まで届くということです。これが後半のお話です。

 どちらのお話も、わたしたちが100億年前の過去から、100億年後の未来につながっているということです。このことを思いついて、とても面白いなとわたしは思ったのですが、皆さんはいかがでしたか?

 ところで、このお話に出てくる数字について少し説明します。「コップの中に一人の人から流れ出した酸素の粒(原子)が、およそ10万個入っているはず」というところの10万個は、おおまかな数です。実際には20万個かもしれませんし、もしかすると50万個かもしれません。できるだけ正確に書きたいのですが、いろいろな偶然でこの数が変わってしまうので、これより正確に書くことができないのです。でも正確でなくても分かることはいろいろあるし、それでどんどん考えを進めることもできます。10倍ぐらいまで間違ってもいいから、どんどん考えてみよう、という気持ちでこの文章を書きました。

藤沢健太

1967年、大分県生まれ。東京大学で天文学を専攻、博士(理学)。2002年に山口大学に着任し、山口市郊外にある口径32mの中古アンテナを電波望遠鏡に改造して観測を行っている。おもな研究内容は星が誕生する様子や、ブラックホールの性質など。韓国、中国、タイなどの研究者と協力して研究を行っている。現在は山口大学時間学研究所の所長。時間学という学問を作るのがもう一つの目標。


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2023年1月6日金曜日

 

3月号『津津浦浦』

作者のことば

航の路、鉄の道(ふねのみち、てつのみち) 

野坂勇作


 ぼくの家のすぐそばを半世紀前まで電車が走っていた。けれどもぼくは絵本作りのため、その後年になって広島から越して来たので、その姿を知らない。「法勝寺電車」と呼ばれ、米子市やその周辺の町村の人たちから愛されたけれど、バスや自動車の普及で、惜しまれつつ四十三年の運行に幕をおろした。線路幅が狭く、小型の車両を用いたいわゆる軽便鉄道というやつだ。

 米子市駅から西伯郡の法勝寺駅に向けて、途中に九駅を設けていた。のちに支線もできたけれど、こちらは程なく休止になってしまう。法勝寺電車の名は終点の法勝寺という地区名からきているけれど、そもそもは川の名で、法勝寺川に沿うように電車が走ることに由来するらしい。もちろん、ぼくの家のそばにもこの川は流れている。

 十年程前に『法勝寺電車廃線路ウォーク』と銘打ったイベントが催された。記憶では当時の車両が保存されている市中心部の広場から、始発駅を経由して、終点駅までの約十五キロメートルを、当時に思いをはせながら歩く、というコンセプトだった。

 鉄ちゃんのぼくとしては願ってもない企画である。しかも途中の昼食タイムには好物の手打ち蕎麦がワンコインで食べられるというのだからたまらない。まさに一石二鳥である。しかし軽自動車が足がわりのここ山陰では脚力がなえていて、後半はヘトヘトになって法勝寺駅跡にたどりついたことを覚えている。

 実際に廃線跡を歩いてみると、色々なことがわかった。この路線には法勝寺川を渡る橋が一カ所あるだけでトンネルはない。山際の平らな所を、なるべくお金をかけずに作った感が見てとれる。もう少し注意深く見ると、川と山との間にスペースがある所では、線路は川からやや離れた所に敷かれている。きっと大雨による増水を考えてのことだろうと思った。

 実はこの路線にも天津と氵のつく駅があった。手にした地図をのぞくと、法勝寺川と大谷川が合わさるあたりに位置している。鉄道のなかったころは、川の上流から来る人や物の中継所があったのかもしれないし、こちら岸からむこう岸に向かう船の渡し場だったのかもしれない。花嫁さんも船に揺られて、とついで行ったのかな……。思いは巡り巡り巡るのである。

 私たちの国は海に囲まれた山国であり、雨の多い川の国でもある。こうした国は数少ない。今、時代の大きな曲がり角にあって、船運と鉄道のコラボレーションをもう一度考えてみてはどうだろうか。決して懐かしさからだけで言っているのではない。




野坂勇作

1953年、島根県松江市生まれ。広島で育つ。多摩美術大学工業デザイン科中退。その後、佐渡島で農業に従事するかたわら、ミニ・コミ誌「まいぺーす」を編集。絵本『ちいさいおうち』(岩波書店)に再会することで、絵本を描きはじめる。主な作品に『にゅうどうぐも』、『しもばしら』、『あしたのてんきは はれ? くもり? あめ?』、『どろだんご』、『うきくさ』(「かがくのとも」2020年10月号)、『もやし』(同2018年5月号)、『オレンジいろのディーゼルカー』(「こどものとも年少版」2010年6月号)、『みずうみおばけ』(同2022年9月号・以上福音館書店)、『うたえ ブルートレイン』(金の星社)など。鳥取県在住。


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