2021年12月6日月曜日

たくさんのふしぎ1月号『コンクリートってなに?』作者のことば

 コンクリートを使いこなす智恵

細田 暁


「コンクリートの絵本を作りたいのです」と福音館書店の担当編集者に声をかけてもらい、世の中にありふれているのにほとんどの人が詳しいことを知らないコンクリートについて広く興味を持ってもらえるのであれば、とお引き受けしました。

 私は土木工学について研究・教育をしていますが、その中でもコンクリートについて研究をしています。土木工学とは、土(地球)を舞台に、木(自然)と共生しながら、人々が安全・安心で豊かなくらしをできるようにするための総合的な工学であると私は認識しています。その目的を達成するために、社会の様々な活動を支える様々なインフラの建設にコンクリートが使われていることが、本書の読者にはわかっていただけたかと思います。

 今回の絵本は、コンクリートって何?という素朴な疑問から出発して、コンクリートの基礎的な知識から、コンクリートを使った建設技術のかなり詳しい情報、歴史的な情報、インフラが支える社会、環境・資源の視点等も含んだ多岐に渡る内容となりました。これらを子どもたちがわかるように説明することは想像以上に難しいことでした。編集者、編集部の方々のご助言や、言葉だけでは伝えられない情報や魅力を独特のタッチと細部までこだわった絵で表現していただいた小輪瀬さんに感謝いたします。

 コンクリート、というと一般には、固い、冷たい、人工物というあまり良くないイメージを持つ方も少なくないと思います。しかし、コンクリートに使われるセメントの主原料は、太古に生きた生物の化石である石灰石です。そして、砂や砂利などの骨材ももちろん、自然の材料です。コンクリートに特殊な機能を持たせる化学混和剤も石油からできていますので、結局は生物由来です。このような視点をもつだけでも、コンクリートの見方が変わってきませんか?

 また、セメントの一部を、製鉄所の副産物のスラグや、石炭火力発電所の副産物の石炭灰で置換しても、しっかりと固まり、むしろ長持ちするコンクリートとなります。私の尊敬する建築家の内藤廣先生は、コンクリートは何でも包み込む母のような材料、とおっしゃっています。これも、コンクリートのイメージが変わる見方ですよね。

 私は、コンクリートがどこにでも大量に使われるのを望んでいるわけではありません。皆さんの生活を支えるために必要であれば使われればよいと思うし、使われるのであれば、賢く、自然とも共生できるように使いこなしていくべきだと思っています。コンクリートの材料の製造にも、運搬にも、建設にも、補修・補強や解体にも、エネルギーや資源が使われます。これだけ広く、世界中で大量に使われる材料ですので、人間が智恵を絞りながら上手に活用していくべきです。

 本書を通じて、コンクリートについての皆さんの興味が少しでも刺激され、インフラや土木についての関心が少しでも広がるのであれば、著者の望外の喜びです。


細田 暁

1973年生まれ。東京大学工学部土木工学科を卒業後、大学院で博士課程修了。博士(工学)。JR東日本でコンクリート構造物についての実務を経て、横浜国立大学に赴任。現実の社会が良くなることをモットーにコンクリートの研究に取り組み、講義では土木史の熱血授業を全学部生対象に提供。本書の女の子は次女がモデル。



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たくさんのふしぎ12月号『シャチのくらし 伝統をうけついで生きる』作者のことば

 シャチをとりまく危機

水口博也


 世界の海で、観察する人びとの目を楽しませてくれるシャチですが、最近になって各地の海にすむシャチに、大きな影が迫っていることがわかってきました。

 もしも海中にわずかでも汚染化学物質があれば、それをプランクトンがとりこみます。プランクトンを食べる小魚はプランクトン以上の濃度で、小魚を食べる大きな魚は小魚以上の濃度で、化学物質を体にためこみます。

 こうして、大きな魚を食べるアザラシやイルカに、さらにはアザラシやイルカを襲って食べるシャチに、より高い濃度で化学物質がとりこまれることになります。シャチは、海の生態系の頂点に位置する動物です。そのためにシャチが、地球上にいるどの動物よりも高い濃度で、化学物質を体のなかにためこんでいることがわかってきました。

 この本で紹介した、魚だけを食べるシャチより、アザラシやイルカを食べるシャチが、いっそう高い濃度で化学物質をためこんでいるのは当然のことでしょう。とりわけヨーロッパや日本沿岸など、多くの人びとが暮らしたり工場があったりする場所に近い海にすむシャチたちなら、いっそうのことです。

 さらに大きい問題は、メスのシャチが子どもを身ごもったとき、親の体にためこまれていた化学物質が、胎内で子どもの体に受け渡されてしまうことです。こうして子どものシャチは、生まれながらにして相当量の化学物質を体内にもつことになりますが、生まれたあとは母親からもらうおっぱいを通して、さらに化学物質をためこんでいくことになります。

 体のなかにさまざまな化学物質が多くためこまれたときにどんな影響があるか、はっきりとわかっているわけではありません。しかし、長年にわたって新しく子どもが生まれていない群れがあります。原因不明の病気で死んでいる例もあります。これらは、汚染化学物質の影響によるものと考えられています。

           *

 もし、いま海を汚染することがなくなったとしても、シャチの親子の間ではこれまでの汚染物質が受け渡しされつづけることになります。そのことを知ったいま、私たちはいままで以上に環境を汚すことがないような暮らしに改めていく必要があるでしょう。


水口博也

1953年、大阪生まれ。大学で海洋生物学を学んだあと、出版社に勤務して自然科学の本を編集。1984年から写真家として独立、世界の海で撮影や取材を行い、多くの著書や写真集を発表。クジラやイルカなど海にすむ哺乳類についての著作が多いが、近年は地球環境の変化を追い、北極、南極から熱帯雨林まで広く地球上の自然や動物について取材を行う。「たくさんのふしぎ」には『コククジラの旅』『南極の生きものたち』『クジラの家族』がある。



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