2025年3月4日火曜日

4月号『あなたの中のふしぎ DNA』作者のことば

 

生きものを支えるDNAのまほう                

中村桂子

 私がDNAに出会ったのは、大学三年生の時でした。その数年前に明らかにされたばかりの二重らせん構造を見た時にとても美しいと思うと同時に、自分の体の中でこれが遺伝子としてはたらいているのがふしぎでした。竹ひごと紙粘土で模型を作り、本当にこれが体の中にあるのかと見つめたことを思い出します。それから70年、DNAを通して、生きているとはどういうことかと考え続けてきました。

 生きものにとって一番大事なのは生き続けることです。一つの個体が続くのではなく子孫に命をつなげ、40億年間とぎれることなく続いてきたのです。これからも続いていくでしょう。

 DNAの研究が進み、二重らせん構造の中に、続くために必要な性質がみごとな形で入っていることがわかってきました。同じやり方で長い間生きることを支えてきたDNAは「まほうのらせん」、世の中にあるふしぎの中で一番のふしぎは体の中のDNAだと言ってもよいのではないかと思っています。

 17ページにあるのは40億年も前にできたDNAの暗号表です。本では説明できませんでしたので、是非調べて下さい。たんぱく質を作るアミノ酸をきめる塩基3つ(コドン)を整理するときれいな表になります。私たちが暗号、つまり情報の大切さに気付いたのは最近のことです。コンピュータが生まれ情報の時代となりました。40億年も前に暗号表ができたのはふしぎです。これが生きもののふしぎにつながっているのです。

 DNAは、続きながら少しずつ変わり、そこで生まれたさまざまな生きものは仲間として「共生」します。食べる、食べられるというちょっと辛い関係もありますが、これもみんなが生きるためです。無駄に殺したり、食べものを粗末にしたりはしません。

 今、80億人ほどいる人間にDNAがすべて同じという人は一人もいません。誰もが唯一無二なのです。同じで違う。これもDNAのまほうです。生きものである人間には機械のような規格はなく、一人一人が人間の代表と言ってよいのだということを、決して忘れないで下さい。

 今、ヒトゲノム、つまり私たちの細胞の核にあるDNAのすべてを解析する研究が進んでいます。病気や老化なども含めて、人間の一生について知ろうという研究です。他の生きもののゲノムも調べると、生きものの進化の様子、私たちと他の生きものとの関係も分かります。DNAのまほうはたくさんあり、ここで語ったことはほんの、ほんの一部です。

 DNAを知れば生きもののこと、人間のことがすべてわかるわけではありません。でもDNAのまほうは生きものの面白さ、すばらしさを教えてくれるので、DNAを知ると、生きものとして生きることが楽しくなることは確かです。 

 


作者紹介

■ 中村桂子 文(なかむら けいこ)

1936年東京都生まれ。JT生命誌研究館名誉館長。東京大学大学院生物化学科修了。理学博士。ゲノムを基本に生きものの歴史と関係を読み解く「生命誌」を提唱し、1993JT生命誌研究館を創設。200220年同館館長。『自己創出する生命』(筑摩書房)『科学者が人間であること』(岩波書店)『生命誌とは何か』(講談社)『科学はこのままでいいのかな』(筑摩書房)『人類はどこで間違えたのか-土とヒトの生命誌』(中央公論新社)ほか著書多数。