農家のみなさんから学んだこと
西野嘉憲
嵩田集落との出合いは、34年前の1991年のこと。当時、大学3年生だった私は昆虫の採集と撮影を目的に石垣島を訪れました。生まれてからずっと本州で暮らしていたため、はじめて見る亜熱帯の生き物にとても興奮したのを覚えています。
このとき野山の案内を頼んだのが、嵩田集落で農業を営む方でした。その後、何年も石垣島に通うようになるのですが、私の関心は次第に昆虫からこの地で生きる人々へ移ります。農業者が持つ自然を見る能力に感銘を受けたのです。嵩田集落の農家のみなさんは、農業はもちろん、テナガエビ獲り、イノシシ猟、海での素潜り漁などの名人ぞろいでした。「島の自然を知るには、この人たちを知るのが近道だ」と考えたわけです。
「自然」という言葉は、人間の生活圏の外の世界を指すときに使われることが多いと思います。でも、人間も生物である限り、本来、その境界はないはず。ただし現代の日本では、「自然」と人間界を行き来しているのは農業や漁業、林業などの限られた職業の人しかいないように思います。
そんな嵩田集落の農家のひとりが、本書に登場していただいた島本哲男さんです。パイナップルとマンゴーだけでなく、「どんな作物を育てても上手な人」と島の農家の皆さんが口をそろえます。「島本さんは誰よりも長い時間、畑にいる」という評判もよく耳にしました。ご本人に名人たる秘訣を聞くと、「作物を育てるのが好きなだけ」と飄々とされています。でも、台湾から来て血のにじむ思いで嵩田集落を切り拓き、パイナップルに家族の未来を懸けた両親の熱い思いを受け継いでいらっしゃるのは間違いありません。
農閑期になると島本さんは趣味の魚釣りに打ち込みます。生き物の観察に長けているだけに、こちらも名人の腕前。私はいつもお裾分けを楽しみにしています。「自然」と良好な関係を結ぶには、自分が暮らす土地を知識だけでなく身体で深く理解することが大切であると、島本さんや嵩田集落の皆さんから教えられたような気がしています。
作者紹介
■ 西野嘉憲 文・写真(にしの よしのり)
写真家。1969年大阪府生まれ。早稲田大学教育学部卒業。東京の広告制作会社勤務を経て、2005年より石垣島嵩田集落に住まいを移し、フリーランスとして活動。漁撈、狩猟、捕鯨など、人と野生の関わりを写真の主なテーマとする。著書に『海人』『鯨と生きる』(ともに平凡社)、『光るキノコと夜の森』(岩波書店)、『熊を撃つ』(閑人堂)など。嵩田集落の歴史をまとめた写真集『島に根を張る』を2025年6月に刊行。