名前と観ること
クリハラタカシ
名前について考えていたら、少し記号に似ている部分があるなと思いました。
丸にピョコンと線をつけるとリンゴに見えますよね? 記号化したリンゴです。
実物とはかけ離れている情報量ですがリアルに描かなくてもリンゴと伝わってしまいます。
名前もそれに似た働きをするなと気がついたのです。
色や形、味、手触りなどを細かく伝えなくても「リンゴ」というだけで簡単に相手にリンゴをイメージさせることができます。記号も名前も省エネでとても便利ですね。
そこで昔、鉛筆デッサンの勉強をしていた時のことを思い出しました。
デッサンの勉強を始めたばかりで石膏像の顔を描くとき、目をぐりぐりと強く目立たせすぎる失敗をすることがあります。
これは『目を描く』と考えすぎているのが原因、と美術講師に注意されたりします。
石膏像という白い素材でできた立体物の中では目は眼窩の影の中に隠れて実はあまり目立たないものなのです。
しかし目というものをあらかじめ知っている(つもりになっている)ので実際のものをよく見ずに、頭の中にある記号化された『目』を描いてしまっているというのです。
それほど名前や記号性の力は強いのです。
(今思えば石膏デッサンはそういう言語的な思い込みを一旦剥がすためのものだったのかもしれません。)
しかし名前を知っているというのは絵を描くために全く邪魔というわけでもありません。
そもそも『目』という名前や記号性をそう簡単に忘れることはできませんし。
別の日、自画像の目を描いている時に美術講師はこんなことを言ったりします。
「もっとまぶたの厚みを感じて……」「眼球の丸さと光沢を……」「涙袋の膨らみを……」「黒目の虹彩を……」
要約すると「もっと観察して描け」ということなのですが、こうとも言い換えられないでしょうか?
「もっと細かい名前も意識してそれを描け」と。
名前を知った上でさらにそこから観察をするのです。知識を観察と表現の手がかりにするのです。
「人体を描くには筋肉や骨の名前を知っていた方が良い」とも言います。
名前も記号も使い方が大事な道具なんですね。
持っている(知っている)数も大切ですし、使い方もさらに大切なようです。
たくさん手に入れて、それをうまく使いこなせるようになりたいものです。
そんなことをこの本を書きながら考えました。
そして三土さんの本『街角図鑑』(実業之日本社)、オススメです。
クリハラタカシ 文・絵
1977年東京都生まれ。マンガ、絵本、イラストレーションなどを制作。主な著書に『冬のUFO・夏の怪獣【新版】』(ナナロク社)、『ゲナポッポ』(白泉社)、『ぱたぱたするするがしーん』(こどものとも年中向き/福音館書店)などがある。2022年11月に『日曜日のはじめちゃん』(福音館書店)、2023年1月に『コロンペクのいっしゅうかん(仮題)』(福音館書店)を発売予定。
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