2025年10月31日金曜日

12月号『イタリアの丘の町』作者のことば

 本当の時間

                          古山浩一

 年に一度、スケッチ旅行でイタリアなど古い街が残るところを訪ね歩いている。たいていローマの空港に夜着いて、そこからバスで移動するので到着は夜中になる。それでも山の中の真っ暗な道を走っていて、突然ライトアップされた中世の街が現れると、バス中から歓声が上がる。この瞬間から、街の時間にタイムスリップする。

 朝は8時半からスケッチが始まる。街角に座ってスケッチをしていると、30分ごとに教会の鐘が鳴る。まず何処かの教会の鐘がガランゴロンと鳴り始めると、それに和すように町中の鐘が鳴り始める。その壮大な音に身を浸していると、自分は今この街の時間を過ごしているのだと感じる。携帯にデジタルで出てくる時間では無くて、空気があり、温度があり、匂いも、音もある時間である。街が自分を包んでくれる。これが本当の時間なんだよなあと思う、実に落ち着く。

 日本が失ってしまった濃密な人との交流の時間が、イタリアの中世の街には残っている。とにかく皆さんおしゃべりである。知人であれば、ただ挨拶だけではすまない。必ず、お互いの近況から今日の話題まで楽しそうにしゃべっている。広場に毎夕、同じ椅子に同じ順番で4人並んで座っているお爺さんたちがいて、ガイドさんにあれは何を話してるんですか? と聞いたら、昔の恋愛談議が中心だそうだ、お若い。スケッチの帰りにいつも居るので、ボナセラと挨拶すると向こうも手を挙げて挨拶を返してくれる。朝、東から昇った日の光は西に沈むまで様々に街を照らして、建物を刻々とドラマチックに変えて見せてくれる。夜になると街は街灯の光だけになり、暗い中に浮かび上がる街並みはまさに中世そのものです。

 今回のイラストはすべて万年筆で描かれています。細かい描写をするために、一番細い万年筆は0.13mmの細さに職人さんに研ぎあげてもらっています。1ミリくらいから5ミリくらいまで段階的に太さが変わるペンなど、約30本のペンを使って描きました。びっしりと家並みが連なっている街など、1枚描くのに1か月くらいかかります。僕の街の絵を見て行ってみたいなあと思った人は、ぜひその夢をいつか叶えて、街の時間を味わってほしいです。






作者紹介

■ 古山 浩一(ふるやま こういち)

 1955年生まれ。1986,90年、上野の森美術館大賞展佳作賞。1991年日仏現代美術展大賞。1995年より毎年、銀座オーギャラリー個展。著書に、こどものとも『ありあり まあまあ』『かざみどりのフィットチーネ』(以上「こどものとも年中向き」)、『ねこぶたニョッキのおつかい』(「こどものとも」)、『天才ピカソのひみつ―美術たんけん隊』(以上全て福音館書店刊)などがある。「たくさんのふしぎ」は『その先どうなるの?』『7つ橋のぎもん』『雪がとけたら』に続いて4冊目。

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2025年10月7日火曜日

11月号『ニホンカモシカのパール』作者のことば

カモシカが教えてくれる

                          前川貴行

 動物写真家になって25年が過ぎました。長かったような、あっという間のような、ふしぎな感覚です。

これまで、本当にたくさんの動物たちの写真を撮ってきました。振り返ってみても、よくこれだけ数多くの動物たちに出会えたものだと思います。

そのなかでも下北半島にすむニホンカモシカは、僕にとって特別な存在です。カモシカのことを気に入っていることもありますが、他にも理由があります。

ニホンカモシカは長いあいだ、特別天然記念物として保護されてきたこともあり、個体によってはそれほど人のことを警戒しません。だから驚かせないようにすれば、かなり長い時間追いかけることができます。これまで最も長く追いかけたのは8時間程です。

アップダウンの激しい山の中を長時間追いかけるのは大変です。でもその大変さが、動物写真家としての僕を鍛えてくれるのです。

体力的なことにくわえて、いかにそばに居続けることをカモシカに許してもらえるか。下北半島でカモシカを追うことは、野生動物撮影の基本になるのです。

デスクワークが重なって長期間フィールドに出られなかったとき、鈍ってしまったかもしれない撮影の感覚を呼び覚ますため、僕は下北半島に行ってカモシカを追います。そうすると、急峻な山を歩く体力と、動物と向き合う感覚がよみがえってきて、まだまだがんばれると自信が湧いてくるのです。

この本の主人公である「パール」は今年10歳になりました。本文の最後に出てきた昨年生まれの子どもは「しろ」と名づけられました。

ユースホステルの磯山さんが報告してくれたのですが、今年の5月に「パール」がまた赤ちゃんを産みました。そのとき僕は北海道にいたのですが、函館からフェリーに乗って下北半島に渡り、「パール」に会いに行きました。

そうしたら、「パール」が赤ちゃんを連れて目の前に現れたのです。その赤ちゃんは磯山さんによって「あお」と名づけられました。性別はまだ分かりませんが、とても活発な赤ちゃんです。

別の場所では「しろ」も元気な姿を見せてくれました。厳しい冬を無事乗り越えたのですね。

今、牛の首には「パール」と1歳の「しろ」、それに赤ちゃんの「あお」がいます。「パール」の母親ぶりは、貫禄がついてとても堂々としたものでした。なにより「パール」が元気でいてくれたことが嬉しかったです。

僕は「パール」と見つめ合うと、なんとも言えない温かな気持ちに満たされるのです。



作者紹介

■ 前川 貴行(まえかわ たかゆき)

1969年東京都生まれ。動物写真家。エンジニアとしてコンピューター関連会社に勤務した後、26歳の頃から独学で写真を始める。1997年より動物写真家・田中光常氏の助手をつとめ、2000年よりフリーの動物写真家としての活動を開始。日本、北米、アフリカ、アジア、そして近年は中米、オセアニアにもそのフィールドを広げ、野生動物の生きる姿をテーマに撮影に取り組み、雑誌、写真集、写真展など、多くのメディアでその作品を発表している。

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2025年9月8日月曜日

10月号『風車と水車』作者のことば

 人間の知恵と工夫

                        深井聰男

 50年以上も前のことです。わたしはイギリスからインドまで、船や列車、バス、乗合自動車、ときどきは歩いて15,000キロを旅したことがあります。途中のイランからアフガニスタンへの旅のついでに、乗合トラックの運転手が見せてくれたのが褐色の丘。てっぺんで木製の塀のようなものが、強い風を受けてゆれていました。風車だといわれましたが、ヨーロッパで見た風車とは形がまったくちがう。近くで見たかったけれど、砂まじりの風に吹かれ、あきらめました。
 帰国後、あれが何だったのか調べました。少ない資料でしたが、10世紀頃から残る世界で最古の粉ひき風車とありました。長い間、修理を重ねながら、小麦やトウモロコシを粉にしてきたのでしょう。
 いつも強い風が吹いているなら、自分たちの役に立たせようと考え、つくりだしたのが彼らなりの水平型風車。水があるところで使われていた水平型水車を、風車に応用したのかもしれません。さらにこの風車から、ヨーロッパ人は歯車を利用した縦型風車を考え出したのでしょう。
 水車風車は粉ひきの道具と思い込んでいましたが、出会ってみて驚きました。水汲みからはじまり、ワインつくりや石材加工、製糸、鉱山、製材、造船、干拓とあらゆる力仕事に水車風車が活躍してきました。多くの人々が考え、試み、最良のやり方を見つけて、利用してきたのです。この本に紹介したのはうまくいった例ですが、期待通りにはいかずに日の目を見なかった使い方もあったことでしょう。
 2000年以上も人々の暮らしを支えてきた水車や風車が、産業革命で蒸気機関の発明により、役割を終えていきました。20世紀の終わりには、忘れ去られた動力源とまで言われていました。
 しかし、電気の発見が、水車や風車の位置を変えました。電気の利用が広がるにつれて、火力や水力による発電がはじまり、世界中に発電所がつくられました。ほかの発電方法も開発され、すでに朽ちたものとされていた風車が、地球環境を守る切り札のひとつに踊りでてきました。わずか数十年の間の大変化です。
 過去の人たちの努力が、こんな形でいまのわたしたちの暮らしを豊かにしてくれています。誰も予想しなかったことでしょう。水、風、電気は自然が生んだ仲間たちです。永遠に存在するエネルギー源です。大切に利用して、新しい地球つくりを目指しませんか。


 

作者紹介

■ 深井 聰男(ふかい あきお)

1944年、東京都生まれ。20代で北欧から中東、アジアを旅行し、ガイドブックを執筆。欧米の優れた制度や施設を日本に紹介している。著書に『アジアを歩く』(山と溪谷社)、『北欧』(実業之日本社)、『森はみんなの保育園』『まど・窓・まど』(ともにたくさんのふしぎ)など。


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2025年8月1日金曜日

9月号『忍者からみた世界』作者のことば

 忍者の未来                

                               三橋源一

 この絵本を手に取って頂いたことに、深く感謝します。この絵本に書かれた内容は、実際に伊賀の山村に住んで、農作業をして、研究して、忍術修行をして、住んでいる皆さんと交流する中で紡がれた、自然と人々と歴史との交流のお話です。

 本書の中で深く触れられなかった2つのことについて書いてみたいと思います。

 一つ目は「自然とかかわる生活から忍術に迫ってみる」ということ。例えば忍者にはすごいジャンプ力を持っていたり、壁や縄梯子などをするする登ったりする一般的なイメージがあります。それはすごい鍛錬や万川集海などの巻物から学んで実践した……とされています。もちろんそうした面もありますが、本書で足半わらじを示したように、伊賀甲賀の自然環境や米つくり・林業などが、この地域に適したはき物を生み出し、普段から強靭な足指や下半身を身につけることにつながったことにふれました。忍術書には、具体的な体の使い方を記した部分はほぼありませんし、現代の忍術修行も道場などの平面で危険が少ない室内で行う内容がほとんどです。しかし、体の使い方を書いたものが残っていなくても、伊賀の自然は忍者が活躍していたころとほぼ同じで、しんどかったとしても当時の農作業は現在でもまねることはできます。半日農業で半日忍術を稽古した生活スタイルをまねる中で、忍術を学んでいます。皆さんも体を使って、自然から学ぶ機会をぜひ作ってください。

 次に二つ目ですが「忍者を育んだ自然・生活のあり方も学ぶ」ということです。忍者は今も昔も大変人気ですが、華々しく格好いい部分ばかり研究やまねされがちです。伊賀・甲賀の忍者観光に関係する人達に注目が集まりがちですが、村の老人が私にぽつりと語りました。「この地域を代々守ってきたのは我々ではなかったのか」と。そうです。地域の皆さんがもっている山城や古文書などを使わせてもらって忍術を検証することで、皆さんが本当に知りたい忍者の実像にせまることができるのです。皆さんは忍者を愛しながらも、忍者を生み出した地域を守る人のことを大事に思ってください。また、忍者が忍術をつかって守りたかったものは、仲間と生活を支えてくれる里山でした。忍者の生活のあり方は「自存自衛」といわれます。普段から環境にやさしい持続可能な生活を行い、戦いや災害などの危険がせまるときは忍術をつかって村を守っていました。わたしがすんでいる地域も1200年以上続いています。

 これからの皆さんがいきる社会は、環境破壊から災害がたくさんおこる可能性があります。そんなとき、危険を乗り越えて環境も仲間もまもった忍者たちの生活のあり方を、今も研究している私のことを思い出してもらえると嬉しいです。忍術は「総合生存術」といわれます。いつの日か、災害や危機を雄々しく生き抜いた忍者たちの生活のあり方を一緒に学び、生活に活かす時がくれば、こんなに嬉しいことはありません。


三橋さんから忍者の剣術を習う飯野和好さん


■ 三橋源一 文(みつはし げんいち)

大阪府出身。京都大学大学院にて農林経済学修士、三重大学にて学術博士号取得。忍術を含む武神館道場十五段、大師範。甲賀伴党川上宗家より総合生存術の面から忍術を学び、「産土武芸道場」にて農泊・忍術体験を実施している。長年ビルメンテナンス業に関わり、現在防災コンサルタント「共衛」代表として、避難所衛生維持方法や、忍術を活用した防災教育を各種学校でしている。そのほか農業、狩猟などにもたずさわる。一般むけの著書は本作がはじめて。好きな忍者は「よき忍びは 音もなく 匂いもなく 知名もなく 勇名もなし」を体現している藤林長門守。


2025年7月10日木曜日

8月号『超深海への旅』作者のことば

日本は超深海の国

                        蒲生俊敬

日本は海に囲まれた国です。海のすぐ近くに住む人は、毎日潮の香りをかぎ、海風に吹かれているのかな。ふだん海から遠い内陸の人でも、テレビ番組などを通じて、頻繁に海の映像や話題に接することができるでしょう。
 『超深海への旅』に登場する二人の小学生も、タイヘイさんは神奈川県、ミウさんは長野県と、海に近かったり遠かったり。しかし二人とも海が大好きで、海のことなら何でも詳しく知りたいと思っています。
 話は飛びますが、海に接する国はみな、国際的な取り決めで「排他的経済水域(EEZ)」を持っています。海岸線のあたりから沖へ200海里(約370km)以内の海を優先的に管轄し、調査したり利用したりできるのです。日本のEEZ総面積は447万平方kmもあり、これは世界の国々の中で6番目の広さです。国土の面積(約38万平方km)が世界62位であることを思うと、日本がいかに海の国であるか納得できますね。
 そして日本は、とりわけ深海と縁が深いのです。はて、どういうことか? 陸は平面ですが、海には深さがあります。そこでEEZを面積でなく体積、つまりどのくらいの量の海水がそこにあるのかで比べてみると、日本は世界の第4位に上昇します。深いんですね、日本の海は。さらに話を6000mより深い「超深海」に限ってみると、日本のEEZ内にある超深海水の量は、なんと世界のトップです。これは日本海溝や伊豆小笠原海溝など、世界の代表的な海溝がEEZに含まれているからに他なりません。
 日本には、世界に誇る有人潜水調査船「しんかい6500」(定員3名、海洋研究開発機構が運航)がありますが、潜航できるのは深さ6500mまで。日本近海にある1万mクラスの海溝の底がどうなっているのか、どんな生物がいるのか、残念ながらまだほとんど分かっていないのです。日本ほど超深海の研究に向いた国はありません。これからは無人探査機の時代かもしれませんが、ロボットの目は人間の肉眼や心眼を超えられるでしょうか。「ハデス12000」のような有人潜水船が、今後ぜひ実現するよう期待したいですね。

 


作者紹介

■ 蒲生俊敬(がもう としたか)

1952年、長野県上田市生まれ。東京大学理学部化学科卒業。大学院で理学博士の学位を取得し、東京大学海洋研究所(のち大気海洋研究所)において、深層水の循環、海底温泉、海洋環境の変化などについて研究。研究船上で1740日間を過ごし、深海潜水船に15回乗船。現在、東京大学名誉教授。著書に『日本海のはなし』(たくさんのふしぎ2019年5月号)、『なぞとき深海1万メートル』(窪川かおると共著、講談社)など。


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