水口博也
世界の海で、観察する人びとの目を楽しませてくれるシャチですが、最近になって各地の海にすむシャチに、大きな影が迫っていることがわかってきました。
もしも海中にわずかでも汚染化学物質があれば、それをプランクトンがとりこみます。プランクトンを食べる小魚はプランクトン以上の濃度で、小魚を食べる大きな魚は小魚以上の濃度で、化学物質を体にためこみます。
こうして、大きな魚を食べるアザラシやイルカに、さらにはアザラシやイルカを襲って食べるシャチに、より高い濃度で化学物質がとりこまれることになります。シャチは、海の生態系の頂点に位置する動物です。そのためにシャチが、地球上にいるどの動物よりも高い濃度で、化学物質を体のなかにためこんでいることがわかってきました。
この本で紹介した、魚だけを食べるシャチより、アザラシやイルカを食べるシャチが、いっそう高い濃度で化学物質をためこんでいるのは当然のことでしょう。とりわけヨーロッパや日本沿岸など、多くの人びとが暮らしたり工場があったりする場所に近い海にすむシャチたちなら、いっそうのことです。
さらに大きい問題は、メスのシャチが子どもを身ごもったとき、親の体にためこまれていた化学物質が、胎内で子どもの体に受け渡されてしまうことです。こうして子どものシャチは、生まれながらにして相当量の化学物質を体内にもつことになりますが、生まれたあとは母親からもらうおっぱいを通して、さらに化学物質をためこんでいくことになります。
体のなかにさまざまな化学物質が多くためこまれたときにどんな影響があるか、はっきりとわかっているわけではありません。しかし、長年にわたって新しく子どもが生まれていない群れがあります。原因不明の病気で死んでいる例もあります。これらは、汚染化学物質の影響によるものと考えられています。
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もし、いま海を汚染することがなくなったとしても、シャチの親子の間ではこれまでの汚染物質が受け渡しされつづけることになります。そのことを知ったいま、私たちはいままで以上に環境を汚すことがないような暮らしに改めていく必要があるでしょう。
水口博也
1953年、大阪生まれ。大学で海洋生物学を学んだあと、出版社に勤務して自然科学の本を編集。1984年から写真家として独立、世界の海で撮影や取材を行い、多くの著書や写真集を発表。クジラやイルカなど海にすむ哺乳類についての著作が多いが、近年は地球環境の変化を追い、北極、南極から熱帯雨林まで広く地球上の自然や動物について取材を行う。「たくさんのふしぎ」には『コククジラの旅』『南極の生きものたち』『クジラの家族』がある。
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