4月号『過去と未来とわたしたち』
作者のことば
100億年前から100億年後まで
藤沢健太
時間のことを真剣に考えると恐ろしくなる、と言った人がいました。遠い未来のことを考えると、いつか自分が死んでしまうことを考えないわけにはいきません。もっと遠い未来まで考えたら、地球上のわたしたちの世界もいつかほろびてしまうだろうと思えてきます。だから時間のことを真剣に考えると恐ろしくて、むなしい気持ちになる、というわけです。こういう気持ちをむずかしい言葉で虚無感(きょむかん)と言います。
でもわたし
は科学者です。たしかに、自分が死んだら自分はいなくなってしまいますが、科学的に考えると、自分の体を作っている物質がすっかり消えてしまうのではないと知っています。では、わたしたちの体を作っている物質はどうなってしまうのでしょう。そのことをどんどん行けるところまで考えてみたのが、このお話の前半です。
わたしは宇宙のことを研究する科学者、つまり天文学者です。100億光年という遠いところにある星のことを研究しているときに、ふと、わたしたちはその星の100億年前の姿を見ているということに気づきました。その光は100億年もかけて宇宙を飛んできているのです。ということは、わたしたちの太陽や地球や、地球の上に生きているわたしたちの姿も光に乗って100億年後まで届くということです。これが後半のお話です。
どちらのお話も、わたしたちが100億年前の過去から、100億年後の未来につながっているということです。このことを思いついて、とても面白いなとわたしは思ったのですが、皆さんはいかがでしたか?
ところで、このお話に出てくる数字について少し説明します。「コップの中に一人の人から流れ出した酸素の粒(原子)が、およそ10万個入っているはず」というところの10万個は、おおまかな数です。実際には20万個かもしれませんし、もしかすると50万個かもしれません。できるだけ正確に書きたいのですが、いろいろな偶然でこの数が変わってしまうので、これより正確に書くことができないのです。でも正確でなくても分かることはいろいろあるし、それでどんどん考えを進めることもできます。10倍ぐらいまで間違ってもいいから、どんどん考えてみよう、という気持ちでこの文章を書きました。
藤沢健太
1967年、大分県生まれ。東京大学で天文学を専攻、博士(理学)。2002年に山口大学に着任し、山口市郊外にある口径32mの中古アンテナを電波望遠鏡に改造して観測を行っている。おもな研究内容は星が誕生する様子や、ブラックホールの性質など。韓国、中国、タイなどの研究者と協力して研究を行っている。現在は山口大学時間学研究所の所長。時間学という学問を作るのがもう一つの目標。
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